公共ホールが連携する「アートシェア信州」の試み ダンス×クラシック「山脈狂詩曲 やまなみラプソディ」
2026年夏、県内4カ所で「山脈狂詩曲(やまなみラプソディ)」が上演されました。
信州の雄大な山脈を思わせる舞台で、コンテンポラリーダンスと生演奏が融合。光や舞台美術の演出とともに、幻想的な世界が繰り広げられました。
中川文化センター(2026年6月28日、中川村)
松川村多目的交流センターすずの音ホール(同7月5日、松川村)
長野県伊那文化会館(同7月12日、伊那市)
小布施町北斎ホール(同8月28日、小布施町)公演を実施したのは、「アートシェア信州(公共ホール創造ネットワークモデル事業)」。目指したのは、ホクト文化ホール(長野県県民文化会館)、長野県伊那文化会館、キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)の3つの県立文化会館を核に、県内の公共ホールの結びつきを強め、地域活性化につなげることです。
作品づくりを通して、公共ホールの職員とアーティストは何を考え、どのような可能性や課題に気付き、向き合ったのでしょうか。企画に携わったホクト文化ホールの企画広報課係長・町田弘行さん、キッセイ文化ホールの柄澤志保さん、作品づくりを担ったダンサー・振付家の横山彰乃さんに伺いました。
公共ホールが連携して、作品づくりに挑む
3つの県立文化会館を管理運営しているのは一般財団法人長野県文化振興事業団。県立美術館、埋蔵文化財センターの管理運営と、信州アーツカウンシルの運営も担い、多様な地域文化や文化芸術の創造性を持続的に発展させていくための取り組みを行っています。
普段、各施設は指定管理の提案や予算編成など、各々で動いています。事業団内で人事異動や情報共有はあっても、共同で何かに取り組むことはほとんどありませんでした。
町田さん
「特に3つの県立文化会館は、地域の文化芸術活動の拠点施設として、連携、いわゆる『横串』を差すことでさまざまな可能性が広がるのではないかと感じていました。とはいえ、各々の業務に当たる中で、なかなかきっかけがありませんでした」
そんな中、一般財団法人地域創造(東京都)が手がける「公共ホール創造ネットワークモデル事業」を知ります。同事業は、都道府県や市町村などの公共ホールが協働・連携して、クラシック音楽、現代ダンスまたは演劇の複数ジャンルを取り入れた地域交流プログラムを制作するもの。2年間で、1年目はアウトリーチ、2年目は作品制作と公演を実施します。その目的は、公共ホール間の連携と職員の企画制作能力の向上。町田さんがイメージしていた活動と重なりました。
町田さん
「テクニカルスタッフも含めて、できる限り事業団内のスタッフでものづくりにチャレンジしてみたい、まずは試しにやってみよう、というところからスタートしました」
事業には、助成制度上の名称とは別に「アートシェア信州」という名前を付けました。親しみを持ってもらうこと、自分たちの事業として捉えられること、そして継続していくことを考えたと言います。
連携する市町村は、ホクト文化ホールは小布施町、キッセイ文化ホールは松川村、伊那文化会館は中川村を選定。そしてアーティストは音楽家とのコラボも多く、国内外で活動している大町市出身の横山さんに依頼することにしました。そこから横山さんとも相談しながら県内で活動する若手演奏家として、海沼優衣さん(パーカッション・マリンバ)と外山賀野さん(チェロ)に声をかけ、参加が決定。舞台監督は外部の人材を迎え、ほかは必要に応じてアドバイザーを付けながら、制作や技術は内部スタッフが参加できる体制を整えていきました。
(左から)横山さん、外山さん、海沼さん出演者とスタッフが話し合い、工夫を重ねたアウトリーチ
1年目となる2025年は、3町村を訪ねて地域の様子を知るところから始めました。夏にワークショップのプログラムをつくり、12月には各町村の小学校や中学校でアウトリーチを開催。音楽とダンスを一つの流れの中に組み込み、チェロや打楽器に触れる体験から、自分の体でリズムを出す動きへとつなげ、その動きに生演奏を重ねていきました。
栗ケ丘小学校(小布施町)
松川中学校・松川小学校(松川村)
中川東小学校・中川西小学校(中川村)
横山さん
「無理に音楽とダンスを一緒にしなくてもいい、と最初に言っていただいたのですが、せっかくなら一緒にできた方が楽しいと思いました。ダンスに興味がない子でも、楽器に興味があればそちらに行っても大丈夫、という空気が良かったのかもしれません。皆、思い思いに楽しんでくれたようです」
横山さんにとって、出演者やスタッフと集まり、ワークショップの内容そのものを試しながらつくる時間は貴重なものでした。演奏家の2人も、最初は横山さんからの提案に困惑した様子を見せても、「ちょっとやってみますね」と前向きに受け止め、普段の演奏活動とは少し違う経験を得ていたようです。
横山さん
「制作スタッフや機材のスタッフも含め、皆で『それだったらこうした方がいい』と工夫を重ねることができたのは、とても贅沢な時間でした。今、振り返ると、1年目にこういう時間が持てていなかったら、『山脈狂詩曲』という作品はできなかったと思います」
実際のアウトリーチでは、子どもたちの反応は予想以上のものでした。楽器の音が一音出るだけで、「わあ」「すごい」という声が返ってくる。導入から、子どもたちが前のめりで話を聞き、自分たちや周りの友達と楽しもうとしている姿が見られました。
町田さん
「終わった後もなかなか帰りたがらなかった子どもたちの姿が印象に残っています。もう少し3人のアーティストと触れ合っていたい、というような、別れを惜しむ様子が見られました」
それぞれの山を思い浮かべられる作品に
アウトリーチを終えて、いよいよ公演に向けた作品づくりがスタート。年末に顔を合わせ、1月~3月は月に1回、アーティスト、制作・技術スタッフ、町村の担当者が集まって話し合い、3月末から1カ月ほどは、週5日のペースで稽古を重ねてきました。
町村との話し合いでは担当者から「地域のイメージを作品に反映してほしい」という声が上がりました。そこで横山さんが着目したのが、訪ねた地域のどこからも見える「山」でした。
横山さん
「小布施町、松川村、中川村、3地域の特徴はそれぞれ異なるので、全部を盛り込むのは正直難しいと感じました。でも、どの地域に行っても山はある。私自身も長野県といえば、山を思い浮かべます。今回、上演する会場は全て県内ですが、もし県外だったとしても違和感がない作品にしたいという思いもあったので、その辺りも考慮して決めました」
稽古の様子
作品の着想には、横山さんが個人の活動として足を運んで体験してきた南信州の民俗芸能の影響もあると言います。「山を越え峠を越え、人が移動することで文化が運ばれ、新たな文化が生まれていく」-そういう大きな営みを、クラシック音楽の背景にある民族舞曲とも結びつけていきました。
横山さん
「最初はクラシック音楽と、自分が興味を持っている民俗芸能を絡ませるのは難しいと考えていました。でも、音楽の歴史を調べるうちに、あまり違わないのかもしれない、少しずつつなげられるのかもしれないと思うようになりました。舞台の山や川も、特定の場所ではなく、それぞれが身近な山や川を想像できるよう心がけました」
作品は、山へ入っていくイメージから始まり、演奏を中心に雄大な川や自然を感じる場面へと移り変わっていきます。県歌「信濃の国」を挟み、民俗芸能や山岳信仰を思わせる場面を経て、最後は「今、ここ」を共有する構成です。
「信濃の国」を入れたのは、ダンスや舞台芸術に初めて触れる人にとって、なじみのあるものが一息つけるきっかけになるのではないか、と考えたとのこと。実際に舞台上では、客席の反応から「皆、『信濃の国』が好きなんだなあ」と感じていたそうです。
「なぜやるのか」を言葉にする-アーティスト側の新たな気づき
普段は全体の構成を決めずに作品をつくり始めるという横山さん。今回は、舞台作品の創作に初めて関わる人もいることを踏まえ、見通しを持てるようにと、前もって演奏する曲やプログラムの全体像を共有しました。
舞台美術は、横山さんが描いたラフをもとに、実現する方法や町村へどのように持ち運ぶかをスタッフと相談。毎日同じ稽古場に通い、道具を置いておけることや、試したいことを手伝ってくれるスタッフがいる環境が、創作を支えてくれたと振り返ります。
横山さん
「稽古場を転々としながら作品をつくることもあるので、『今日は水を張って試してみたい』ということを、スタッフとその場で試せるのは、ホールの主催公演ならではでした」
一方で、異なる経験を持つ人たちとつくるからこそ、いつも以上に共有が必要な場面もありました。
横山さん
「自分のやりたいことだけを、皆さんにやらせるのは嫌だったんです。なぜそれをやるのか、その意味を話さないと、やらせているだけになってしまう。今までは言葉にしなくても進められるところにいたんだなと気づきました。『確かに、言われてみると、これは何でやるんでしょうね』と考えるきっかけにもなって、言葉にすることで自分の頭の中も整理できました」
稽古の様子
演奏家が楽器と共に移動する場面も、やり取りを重ねました。音を出しながら歩く動きは、1年目のワークショップの導入から試していたものの、舞台の上となると勝手が異なります。稽古では、移動する位置や舞台装置の段差など不安を感じる要素を一つずつ取り除き、動いても問題がないことを確かめながら進めました。
また舞台には、ダンサーや演奏家のほかに、事業に関わる職員も登場。これには「演者、スタッフ、観客の境界をはっきりと分けない」という意図があったそうです。
横山さん
「ダンサーや演奏者を、特別な人にしたくないという気持ちがあります。別世界の人だと思われがちですけれど、ほかの人が立ってはいけない場所ではない。演者、スタッフ、観る人が、分かれた世界にはしたくないと思いました」
制作の過程では、子育て中の出演者へのサポートにも取り組みました。横山さんが、一緒に活動した経験のあるダンサーに出演を依頼するにあたり、子どもを連れて参加できる環境を用意してもらえるか相談。稽古場の一角に託児スペースを設け、稽古の時間は9時から17時まで、夜遅くの打ち合わせは極力行わない、といったことを決めて制作を進めました。
横山さん
「私の周りでも、出産や子育てで一時的に舞台から離れる人が多く、復帰までに時間がかかる人もいます。特別な場所を設けてほしいというより、稽古場に子どもを見てくれる人が一人いればできることなんだけれど…と思っていました。相談したら、皆さんで体制を整えてくださったので、話してみて良かったです」
町田さん
「一人のためのサービスではなく、この事業全体の枠組みとして、子育てをサポートしましょうと伝えました。稽古場には常に子どもの声があって、空気も少し柔らかくなったと思います」
多くの人に、作品を届けるために
各公演に、それぞれの土地の人が一人でも多く来てもらえるようにと何度も話し合いを重ね、各地域の担当者と広報の方法を検討。3町村では、作品にちなんだ地域交流ワークショップを開催しました。中川村では天竜川の河原で石や砂などを拾って音の出る楽器作り、小布施町では室内外3カ所で外山さんのチェロの演奏を聴き、塗り絵を制作。松川村では北アルプスを眺めながら体を動かして楽しみました。
また、伊那文化会館では舞台スタッフの体験ができるワークショップを開きました。
「自然の音を探しに行こう」(中川村)
「北アルプスを眺めて▲山に踊らされるわたし、カラダであそぶinリンリンパーク」(松川村)
「スタッフ体験ワークショップ」(伊那文化会館)
「チェロの音ってどんな色?」(小布施町)
公演当日は、アウトリーチやワークショップに参加していた子どもの姿や30代~40代の親子連れも見られたと言います。各町村の物産販売ブースや自由に感想を書けるボードなども用意し、上演後も緩やかな交流の場ができました。
柄澤さん
「普段から、文化施設に足を運んでくださっている方は、いつもとちょっと違う雰囲気で最初は戸惑いもあったかもしれませんが、上演が進むにつれて、入り込んで、真剣に見ていらっしゃいました。帰りに物販ブースをのぞいて、『せっかくだから』と買ってくださる方も多かったです。長野県は広いし、案外行ったことのない地域もありますよね。他の地域のことを知る良い機会にもなったのではないでしょうか」
感想ボード
各町村の物産展
県内4会場での公演を経て、9月6日にはホクト文化ホールで「インクルーシブ公演」を開催。視覚障害のある人に向けた鑑賞サポートを実施し、音声ガイドに加え、開場前の事前説明や舞台に触れる機会を用意しました。制作スタッフは、鑑賞サポートを理解する研修や、移動・案内の実習を受けて本番に臨みました。
町田さん
「せっかくつくった作品なので、いろいろな人に見てもらいたいと思っていました。ただ、私たちにできることには限りもあるので、作品の特性などを考えながら、今回は視覚障害のある方への鑑賞サポートに絞って取り組みました」
事前の研修の様子
音声ガイドは、上演に合わせてリアルタイムで届ける形式に。動きを細かく解説し続けるのではなく、伝える必要のあるポイントを選んで構成しました。
横山さん
「小さな劇場のいいところは、演者の足音や呼吸、空気感を感じ取れること。動き自体が見えなくても、ダンスを感じてもらえるはず。音声ガイドの担当の方とも相談して、空気で感じ取れるところは何も言わずに残し、鍵になるところだけを伝えていただきました。当たり前に、目に見えるものだけではないんだなと考えるきっかけになりました」
広報では、関係団体に相談し、点字や拡大文字での情報提供にも取り組みました。一方、来場した人からは、情報をもっと早く知ることができれば、興味を持つほかの人にも知らせられたという声がありました。
柄澤さん
「私たちは可能な限り早く準備したつもりでしたが、思っていた以上に、情報が届くのが遅かったようです。私たちが思っている以上に、公演に行きたいという人は多いということを感じたので、関係する方々とのつながりを広げて、引き続き学び、改善していきたいです」
ホクト文化ホール(同9月6日、長野市)
公共ホールが、知らないものとの出会いの場になるために
事業全体の振り返りや課題の共有はこれからだといいますが、3人にそれぞれ、感じたこととこれからについて語っていただきました。
町田さん
「今回の取り組みを前向きに受け止めた人たちのエネルギーを、大事にしたいです。ただ、続け方については、きちんと反省して土台を確認しなければいけないとも思います。例えば、職員が稽古場に集まれば、それぞれの職場を離れる時間が増える。通常業務をどう補い合うかなど、館をまたぐ活動ならではの課題もあります。
人口が減っていく地域との関わりのなかで、公共ホールの役割を見直す時期に来ています。今回の事業は、『自分の町にもホールがあるのに、県立のホールは何をしてくれるのか』というような問いかけに対する、具体的な一例になると考えています。個人の思いだけではなく、組織として体制をつくっていく努力をしていかなければと思います」
柄澤さん
「公共の文化施設として、親しみのある作品だけでなく、多様な文化や芸術に出会う場を提供したいという思いがあります。鑑賞した直後に分かりやすい評価や感想が言葉として出なくても、後になってふと思い出せる何かがあれば、いいのではないでしょうか。公演の内容でも、私たちの対応でも、この作品に関わる何かを、どこかで思い出してもらえたらうれしいですね」
横山さん
「私自身、県立のホールは遠い存在で、これまであまり足を運ぶ機会もありませんでしたが、いろんな人が集い、知らなかったものと出会える場であるといいなと思います。県内にはいろいろな活動をしているアーティストがいて、特定の地域では有名でも、そこを離れると全然知られていないという人もいます。そういう人たちにとっての出会いの場、紹介の場にもなると思うので、こういう取り組みをぜひ続けていってほしいです」
公共ホール同士の連携から始まり、アーティストや地域の人たちへと関わりの輪が広がった「アートシェア信州」。異なる経験や考えを持つ人たちが一つの作品に向き合うなかで、表現の可能性や、創作に参加したり、作品を鑑賞したりする機会を広げる工夫が生まれました。そこで得た経験と、見えてきた課題を、これからどう生かしていくのか。今回の挑戦には、地域のなかで公共ホールが担う役割を考える、具体的な手がかりがあります。
インタビュー:野村政之
文:山口敦子(タナカラ)
写真提供:アートシェア信州
栗ケ丘小学校(小布施町)
松川中学校・松川小学校(松川村)
中川東小学校・中川西小学校(中川村)
稽古の様子
稽古の様子
「自然の音を探しに行こう」(中川村)
「北アルプスを眺めて▲山に踊らされるわたし、カラダであそぶinリンリンパーク」(松川村)
「スタッフ体験ワークショップ」(伊那文化会館)
「チェロの音ってどんな色?」(小布施町)
感想ボード
各町村の物産展
事前の研修の様子
ホクト文化ホール(同9月6日、長野市)














