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長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン

長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン

新築工事に伴う長期休館を経て、生まれ変わった長野県立美術館(旧・長野県信濃美術館)。すでに今春から、バラエティに富んだ展覧会や、中谷芙二子(なかやふじこ)の作品《霧の彫刻 #47610 -Dynamic Earth Series I-》の常設などで話題となり、以前掲載した特集「新たに生まれ変わった長野県立美術館へようこそ!~“オープン”をキーワードにつづる、親しみやすい美術館の魅力~」でも、同館の取り組みからレストランメニューまで、多岐にわたる魅力をお伝えしています。その同館が、去る令和3(2021)年8月28日、満を持してグランドオープンを迎えました。この機に、長野県立美術館のあり方、そして、記念展『森と水と生きる』について詳しく伺っていきます。

まずこのタイトルを見て、「春から開館していたのに、今がグランドオープンってどういうこと?」と思った方も多いのではないでしょうか。そう、確かに長野県立美術館は4月10日から、最先端のデジタル技術を駆使して現代に文化財をよみがえらせた完成記念展『東京藝術大学スーパークローン文化財展』のほか、幅広い分野の展覧会を意欲的に展開してきました。
では、なぜこの8月に「グランドオープン」なのか……まずはその疑問から投じてみます。お話を伺ったのは、館長の松本透(まつもととおる)さんです。

長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン

「実は、美術館を新築してからしばらくの間は、建材やコンクリートなどから化学物質が揮発(きはつ)したり湿気が出ることがあり、油絵や日本画、木彫などの繊細な作品に悪影響を及ぼしてしまう可能性があります。そのため、館自体は4月に開館しましたが、用心して、デリケートな作品の展示は控えていました」

言われてみればグランドオープン記念展『森と水と生きる』には、世界レベルで有名な絵画、和紙による日本画や屏風など、美術館が神経を尖らせるのがよくわかる作品がずらり。

「コンクリートを打ってからおよそふた夏を経過すれば大丈夫という基準があり、それを踏まえつつ、何度も空気を測定して文化庁に報告するなど、念には念を入れています。そんな時期を経てあらゆる展示が可能になったという意味で、8月からが“グランドオープン”なのです」

何気なく聞き流しがちな「グランドオープン」という言葉の裏には、美術品のための細やかな配慮と、維持管理の徹底で作品を守るという大きな使命があったのですね。

長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン松本透館長

長野県だからこそのコレクションと企画展

では続いて、美術館の個性を知るには欠かせない、収蔵作品と企画展に話を移します。
リニューアルを機に、収蔵作品専用の「コレクション展示室」(2階)ができた長野県立美術館。旧・長野県信濃美術館時代からの約4600点にも及ぶ収蔵品も、ここで広く展示できるようになりました。
この展示室について「作品の収集・展示は美術館にとって中核的活動の一つで、館の姿勢を示すことのできる大事な場」と表現する館長は、この場所を起点とした発信に意欲的。収蔵品に関しても「県にゆかりの作品はこれまでも収集などを行っており、これからも取り組んでいきます」と、作品拡充への思いを新たにしています。

長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン松澤宥≪プサイの部屋≫「文化庁平成30年度我が国の現代美術の海外発信事業」の一環として、2018年11月16日撮影

また、企画展でも館としての姿勢を示そうとしており、それが色濃く現れるのが、この冬に開催を控える『松澤宥 生誕100年』展です。非常に独自色の強いコンセプトによる作品とパフォーマンスで、知る人ぞ知る、下諏訪町生まれの美術家・松澤宥(まつざわゆたか)。その個展をリニューアル後の早い段階で開催するところに、同館の意欲的な姿勢が見えてくる気がします。

というのも松澤は、若き日の前衛芸術家・草間彌生(くさまやよい)がつながりを持ったり、アイデアやコンセプトを作品の中心に据えたコンセプチュアル・アートと言われるジャンルで世界的に先駆けた活動を行っていながら、これまで表立って取り上げられる機会が少なかった作家。コンセプチュアル・アート自体、一般にはあまり知られていないこともあって、公立美術館での大規模な個展は開催されてきませんでした。

長野県立美術館は来年、そんな松澤の初となる大回顧展を計画中。氏の誕生からちょうど100年目にあたる令和4(2022)年2月2日(水)に展覧会をオープンさせるという、粋な計らいをしています(本来、水曜日は休館ですが、特別に開館!)。地元県の美術館だからこそできる規模と内容なのは間違いなし。美術界にとってもエポックメイキング(画期的)な企画展になるとの期待が高まります。このような画期的な個展の開催を決めた背景に、現代美術の紹介に意欲的な同館の挑戦が見てとれると同時に、県ゆかりの作家を大事にあつかう姿勢も表れていると言えそうです。

県内の美術館との連携で文化を創る

こうした新たな挑戦に期待が膨らんだところで、館長が見据える今後の“長野県立”美術館としてのあり方を聞いてみます。
「長野県には、各地域に素晴らしい個性的な美術館などがありますから、当館を含め、相互にもう一段高め合っていくことを模索したい」と協働の姿勢を見せる館長ですが、県内の美術や文化を“まとめる”とか“統合する”といった考えには、NOを示します。

「県内にも地域性があるように、日本各地にも地域性があり、世界から見れば日本も一つの地域です。それらが同じような考え方や文化をもつこと自体が変で、独自性はあった方がいい。違いから学ばなかったらもったいないですよ。言い換えれば多様性……違いを認め合い、尊重し合うということです」

県内の異なる文化を楽しみ、そこに学び、一緒にできることを探る……それが県立美術館としての今後の課題だと言う館長。

「重要なのは共に仕事をすることだと思っています。何年かに1回でもいいから、一つの展覧会を一緒にやるとか。時間はかかるでしょうが、急がば回れのそうした取り組みも継続していきたいですね」

グランドオープン記念展について

記念展『森と水と生きる』(8月28日~11月3日)について聞いていきましょう。
「自然と人間」をテーマに、多面的な自然の姿を表現した作品が集まった本展。どことなく長野県らしさを感じる展覧会タイトルも素敵ですが、このタイトルの下で、作品はどのように構成されたのでしょうか?
「展示は5章に分けられ、山の風景画などがメインの第1章から入ります。ですが、今回、タイトルに『山』を入れなかったのがミソなんですよ」と、館長から意味深なコメントが。

「山は長野県を象徴する存在で、日本アルプスの景色は誰が見ても信州らしいと感じますし、これまでも山をテーマにした展覧会はいくつもありました。今回はあえてそれを使わず『森』とすることで、“おや?”と思ってもらえることも意図しています。さらに、『森』という言葉で、緑そのものと、そこに暮らす動物や植物などの生命のサイクルを感じていただけるのではないかと思いました。自然とそれを舞台にした生き物の営みまでをも、『森』に込めているのです」

「山と思いきや森」というひねりで人目を惹きつつ、より広いテーマ性をもたせているのですね。

「理屈を言いはじめると難しいところですが、タイトルを『森』にしたことで、県外の人にも届きやすく、共有しやすいフレーズになったのではないかと。ここは長野県立の美術館ですが、県外……もっと言えば世界からも共感してもらえることが重要だと思っています」

長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン内覧会で展示説明をする田中正史学芸課長
長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン自身が担当した青木繁の《わだつみのいろこの宮》などの前に立つ木内真由美学芸員

続いて企画展担当の田中正史(たなかまさふみ)学芸課長と木内真由美(きのうちまゆみ)学芸員にも、お話を伺いました。

「県立美術館が最初にやる本格的な展覧会なので、テーマや作品選定にも長野県らしさを込めました。絵画はもちろん写真、映像など様々な近現代美術の名品を、全国からの借用品、当館所蔵品から厳選して構成しています」(田中学芸課長)

その言葉どおり、印象派のモネなど西洋絵画のビッグネームもいれば、菱田春草(ひしだしゅんそう)ら長野県ゆかりの作家のほか、「芸術は爆発だ!」で知られる岡本太郎といった世界的な人気作家と幅広く、時代も作風もさまざま。活躍中の現代作家から直接借りた作品も多いため、作家自らが来館して展示を行ったものもあり、この美術館の空間ならではの展開が楽しめます。
「学芸員が各地の美術館などに直接行ってお借りするなど、我々の仕事上でも大きなイベントとなりました」と田中学芸課長が振り返るように、美術館スタッフの力を結集した、思いのこもった内容になっています。

  • 長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン第1章「森と山―その姿と暮らし」より
  • 長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン第2章「森の幻影」より
  • 長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン第3章「水景へ―人々とその諸相」より
  • 長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン第4章「水の精霊」より
  • 長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン第5章「森と水―息づくものたち」より
  • 長野県立美術館、記念展『森と水と生きる』でグランドオープン第5章「森と水―息づくものたち」より

各地を訪ねて交渉や借用にあたった学芸員の一人、木内さんによれば、「今回は当館のグランドオープンということで、お祝いという意味で、各美術館が通常より融通してくださったりもしたんです。そのため、各館の名品が集まったのではないかと思います」

第4章「水の精霊」には、何と、重要文化財に指定されている青木繁(あおきしげる)の油彩画《わだつみのいろこの宮》(石橋財団アーティゾン美術館蔵)も展示されています! 夏目漱石が小説『それから』で言及したことでも知られるこの作品は、同展の目玉の一つ。「こういうのが見られる展示を待っていた!」という美術ファンの声が聞こえてきそうです。この作品は前期のみの公開。同作を含め、前期・後期で40点余りの展示替えがあるので、すべてを楽しみ尽くすにはぜひ両期とも訪れたいものです。

「各学芸員がそれぞれの専門分野を活かして集めたので、バラエティに富んでいます。これまで興味のなかった分野でも”こんな作品があるのか”と発見していただけると嬉しいですね」という木内学芸員の言葉に、新たな出会いの機会としても、記念展の意義深さが感じられました。

今回伺った、松本館長と学芸員お二人のお話から、美術を守り文化を守るという、大きな”守りへの使命”と、新たな挑戦に取り組む”攻めの姿勢”を併せもった「新生・長野県立美術館」の姿が見えてきました。

4月からこれまでの半年間、多彩なコンテンツで多くの人を魅了してきた同館。8月からのグランドオープンを経て、名品と言われる作品や文化財の展示が始まったことで、本領がさらに発揮されます。学芸員の皆さんの専門分野をフル動員したグランドオープン記念展は、それを正面からドンっと感じられる絶好の機会。見逃す手はありません。

取材・文:大輪俊江((株)あをぐみ)
館長撮影:内山温那
内覧会撮影:金井真一

記念展『森と水と生きる』
会期:8月28日(土)~11月3日(水・祝)
前期:8月28日(土)~9月28日(火)
後期:9月30日(水)~11月3日(水・祝)
開館時間:9:00~17:00
休館日:水曜日(11月3日は除く)
観覧料:一般1,000円、大学生・75歳以上800円、高校生以下又は18歳未満無料

県立美術館来館にあたっての感染拡大防止のお願いはこちらをご覧ください。

長野県立美術館

長野県立美術館(旧長野県信濃美術館)
長野市箱清水1-4-4(城山公園内・善光寺東隣)

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