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信州から、ともにつくる「アート×気候変動」のアクションー信州アーツ・クライメート・キャンプ鼎談【前編】

信州から、ともにつくる「アート×気候変動」のアクションー信州アーツ・クライメート・キャンプ鼎談【前編】

信州アーツ・クライメート・キャンプ」は、長野県内で文化芸術に携わる人たちが気候危機や環境問題に対してアクションしていくための、連携や学びや実践の“場”として、信州アーツカウンシルと信州大学人文学部の連携により2023年に立ち上がりました。
活動の柱は、県内の一つ一つの実践である〈キャンプ〉、オープンな学びと議論の場である〈会議〉、それらの結果や記録を共有する〈報告〉、年間の取り組みを振り返る〈総会〉の4つ。2023年度は4回の〈会議〉をはじめ、ドキュメントブックやポッドキャストやSNSを通した〈報告〉、さまざまな〈キャンプ〉が展開されました。
案内人である信州大学人文学部教授の金井直さん、インディペンデント・キュレーターのロジャー・マクドナルドさん、コーディネーターで事務局を担当する信州アーツカウンシルの野村政之さんの3人に、1年間の活動を振り返っていただきました。

写真:信州アーツ・クライメート・キャンプ信州アーツカウンシル×信州大学人文学部連携フォーラム『アート×気候変動 未来を創造するアートアクション』

「信州アーツ・クライメート・キャンプ」(以下、キャンプ)は「文化芸術の視点から気候変動や地球環境の課題を見つめ」「コモンスペースをつくるプロジェクト」と謳われていますね。

野村政之(以下、野村)
気候危機に対してすでに実践している人たちが、お互いを知る、紹介しあう、議論や情報交換もできる……そういうネットワークというか、抽象的なスペースをつくれればいいなと思って始めました。

ロジャー・マクドナルド(以下、ロジャー)
そうですね、仲間を探すことからスタートしよう、と。

キャンプは2023年度に始動していますが、始まった 経緯を振り返っていただけますか?

野村
2022(令和4)年6月9日に第2次長野県文化芸術振興計画有識者懇談会の第1回が開催され、 そこに座長として金井さんが、委員としてロジャーさんが参加されていたんです。そこで県から「2035年の長野県」について質問が出され、ロジャーさんが気候変動について発言されましたよね。あの発言で会全体の意識が引き寄せられたと思います。

ロジャー
そうですね。私は2019(令和元)年頃から、自分が住んでいる佐久市の望月という地域で、数人の仲間たちと集まって勉強会を開くなど、ローカルのレベルで気候危機について知るための小さな市民運動をしていたんです。
そのうちに、自分がかかわるアートや芸術の分野が気候危機に対して何かアクションを起こしているのか、軽い気持ちで調べ始めたんです。もちろん、作品や思想家の書いた文章は山のように出て来たんですが、イギリスのテート美術館が2019年に気候緊急事態宣言を出し、また2022年からだと思いますが、作品や思想だけでなくアクションの流れが、特にギャラリー気候連合(GCC/Gallery Climate Coalition)※1をはじめとするヨーロッパで増えていることに気づいたんです。
芸術界もこうした活動をしていることを知って驚いて、それですぐに、自分が所属するNPO法人AIT(Arts Initiative Tokyo)もGCCのメンバーに加入し、それ以来、もうちょっと真剣に、“climate action”を考えています。もはや現代において未来を予想することは、おそらく、環境問題抜きでは不可能だという気がしています。

※1
2020年、アート関係者を中心にロンドンで設立された非営利組織。2030年までにビジュアルアート部門の温室効果ガス排出量を50%削減すること、できるだけゴミの排出をゼロに近づけることを主な目標に掲げ、持続可能なアートの産業システムの構築を目指している。2023年10月現在、42か国1000以上の団体や作家などが登録している。
https://galleryclimatecoalition.org/

写真:信州アーツ・クライメート・キャンプロジャー・マクドナルドさん(インディペンデント・キュレーター)

2022年の有識者懇談会では、ロジャーさんは海外の具体的事例など、かなり詳しく情報提供されたそうですね。これを県に対して提言したことの背景には、望月での市民レベルの活動だけでは現実を変えられない、というような危機感やもどかしさがあったんでしょうか?

ロジャー
まさにそうです。個人や市民のレベルで実践することも大切ですが、それだけでは限界があると、すごく感じていました。 望月にある多津衛民藝館に携わっている先輩たちは環境問題に対して30年前から活動していますが、彼らと話しても、「これは行政にもっていかないと」と言うんですね。
つまり、二酸化炭素をもっとも多く輩出しているのは国や自治体、産業のようなシステムであって、この事実は無視できない。だからやっぱり、いろいろなレベルで同時にアクションを起こす必要があると思います。

金井直(以下、金井)
私がロジャーさんのその提案を受け止められた理由は2つあります。
ひとつは、現代美術でそうしたタイプの作品に触れる機会が増えてきたから。例えば2015(平成27)年の第56回ヴェネツィア・ビエンナーレで、南太平洋の島国・ツバルが水没していく自分たちの国を作品のテーマにして展示していましたよね。作品としてはかなりストレートで、実際、記憶によく残っています。
もうひとつは、当時、新型コロナウイルスのパンデミックがあった影響で、日常に目線を下げて歩くことや身のまわりを見ること、それを踏まえて逆に目線を上げることが大切だという意識が、人々に広がっていたことです。実際に私が教えている大学の学生にも、そういった会話が増えていた印象があります。

野村
やはり長野では、2019年10月の台風19号災害からパンデミックへ、という流れが大きかったと思います。その後、岡谷のほうで土砂崩れもありましたし。そう考えると、長野県というエリアでは外せないテーマになっていた、ということでしょうね。

2022年の懇談会でのロジャーさんの提言を、県としては、どう受け止めましたか?

野村
予め想定はしていなかったと思います。ただ、県としては2019年12月に気候非常事態宣言を出していたし、重点的に環境政策に取り組む動きは既に始まっていました。
例えば、信州大学人文学部の茅野恒秀准教授もかかわる「くらしふと信州」が2022(令和4)年度から始まり、様々な主体と協働・共創するゼロカーボンの取り組みを続けていたタイミングでもあったので、環境分野と芸術文化が関係するという実態は、受け止めることができたと思います。だから、計画内の1項目として自然に加わったと感じています。
金井さんには信州アーツカウンシルの立ち上げに有識者として関わって頂き、信州大学人文学部と何か連携事業をやろうという話は以前からしていましたが、「アートと気候危機」というテーマを発見できたことで、「信大としてもすごくポテンシャルのあるテーマだ」と、いい反応をいただけて。


写真:信州アーツ・クライメート・キャンプ野村政之さん(信州アーツカウンシル ゼネラルコーディネーター)

野村
とはいえ、県内では以前から活動している人がいることや『アースデイin佐久』のような本格的な取り組みがあるのも知ってはいたんですが、いざ取り掛かろうにも、どうしたらいいか僕もわからなくて(笑)。
それでロジャーさんに相談しに行ったら、「まずは科学的なところから始めては」と。それで浜田崇さん(長野県環境保全研究所)のことを教えていただいて。

ロジャー
浜田さんは、私たちが住んでいる気候地域や、山の地域を約25年間、ずっと研究している。感情やフィーリングだけでなく、科学的なデータでバックアップできるのは大事ですよね。

野村
そこから、2023年3月1日に開催した、信州アーツカウンシル×信州大学人文学部連携フォーラム『アート×気候変動 未来を創造するアートアクション』※2につながったんです。
あのときは、浜田さんに、データを示しながら気候危機を説明していただきましたよね。例えば松本では1890年代から気温の観測データが蓄積されていて、当時からすでに1℃以上、平均気温が上昇している、と。

※2
気候変動や脱炭素とアートの関わりについて認識を深め、次のアクションを模索するために開催されたフォーラム。長野県環境保全研究所の浜田崇氏による、長野県における気温上昇など気候変動についての講演や、ロジャー・マクドナルド氏による、主にヨーロッパの美術関係者が取り組む気候危機へのアクションの実例紹介が行われた。
https://shinshu-artscouncil.jp/report/802/

ロジャー
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が警鐘を鳴らしている、「産業革命前からの気温上昇幅1.5℃」を、松本はすでにオーバーしている、というお話でしたね。

野村
それから、長野県には標高3000メートル以上の地域があることが特徴ですが、地球温暖化によって、その環境下で生態系の分布が下から上にどんどん上がっている、と。ともかく、「何が起きているかわからないが、何かが起きている」というお話で。

3月の会は、アートと気候変動を結び付けて考えることを問題提起するためのキックオフという位置づけだったわけですね。

ロジャー
そうですね。気候危機と文化芸術は、直接的には関係ないように思えますが、気候危機はメタなテーマとして、文化芸術に限らず、我々の生活のすべての要素に直接かかわっている。だから、政策立案者、政治家、もちろん市民のひとりひとりも、気候や地球環境というレイヤーは意識する必要があります。
気候危機という問題自体は昔からありましたが、近代という時代では、例えば美術館も、外側からのバイアスが一切入ってこないように完璧につくってしまって、自分たちがすべてコントロールできているような、あるいは「見ないフリ」ができたと思うんです。でもいまは、外側から風がどんどん入ってくる。たとえイヤでも、非常災害のように何らかのかたちで迫ってきますから。


写真:信州アーツ・クライメート・キャンプ金井直さん(信州大学人文学部教授)

金井
信州大学でも気候危機は明らかに上位の課題として掲げられていて、数値目標を立ててエコアクションを実践していますから、信州大学は環境問題に対して意識が高いというのは事実だと思います。ただ、私の反省も含めて言うと、そこまでリアリティがなかったんです。
でも、自分とかかわりのある芸術文化の領域で気候危機が取り上げられた途端、見え方が変わったんですね。ひとつひとつの数値にもリアリティの焦点があってきた。それから、大学内でのつながりも増えました。学生たちの〈キャンプ〉も応援してくださっている茅野先生とは、美術史と社会学でお互いにかかわる話題がこんなにあるのかと気づきも多いし、学生の教育にも生かせると思っています。
こうなると、大学で数値目標にそって単に「脱炭素」と言っているときとは、だいぶ考え方が変わりましたよね。「大学のなかでもできるんじゃないか」「研究室はどうしたらいいか」という方向に向かう、大切な契機でした。

ロジャー
その茅野先生には、7月4日(に開催した〈会議〉第1回『信州発、アートとゼロカーボンの明日へ』※3)に講演していただきましたが、科学者や美術史学者、アーティストと、緩やかに学問を横断する、総合的な視点が実現できたのは非常に重要だったと思います。

※3
信州アーツ・クライメート・キャンプの〈会議〉第1回として信州大学人文学部で開催された。同大准教授の茅野恒秀氏による講演「脱炭素社会に向けた実践とその考え方」や、パネルディスカッション「アート×ゼロカーボンの新たなコミュニティ運動に向けて」が行われた。全編のアーカイブが視聴可能。

金井
茅野先生のお話のなかで藤川まゆみさん(NPO法人上田市民エネルギー。10月1日開催〈会議〉第2回『アート×気候危機~不可能かもしれないビジョン』※4に登壇)が紹介されていましたよね。「あ、その人知っている」みたいなつながりが、いままで見えなかったのに、「気候危機」というテーマを設定することで見えてきた。言わば、信州のネットワークというか、メッシュワークが立ち上がってきたのは大きかったと思います。
芸術自体が持つボーダレスな状況は、頭ではわかっていても、なかなか実感がわかないことがあると思うんです。ところが気候危機に関しては、美術館の人が「この建物の断熱はどうなっているんですか?」と質問されたりして、横並びで語られ始める。あの、ブレイクスルーな感じが、とてもよかったですね。

※4
上田映劇にて開催された第2回〈会議〉。第1部はドキュメンタリー映画『グレート・グリーン・ウォール』の上映と、アフリカンダンスのパフォーマンス、第2部は長野県在住のアーティストらによる映画の感想のシェアと、自身のアート活動と「気候変動」とのかかわりについてのディスカッションが行われた。第2部のアーカイブが視聴可能。

ロジャー
芸術やアートを前面に押していないからこそ、いろいろな人が興味を持ってくれた、ということもあると思います。環境や地球の問題なら、フラットなかたちで、とりあえずテーブルを囲むことができる。何と言っても、勉強会であり、ネットワーキングの会であり、連合づくりでもある。初めて知りあえた方もたくさんいたし、県内に実践者がいることを再確認できたし、同時に、「まだまだだ」「これからやらないと」ということも見えてきました。

野村
アーツカウンシルには社会連携、異分野協働、のような役割がよく問われますが、「気候変動とアート」というテーマなら意外とすっと行き来できるというのは、やりながら感じていますね。

金井
〈会議〉が長野県の4つの地域で開催されたのもよかったですよね。それぞれの地域の特徴・特性を生かすのは、イメージできても実践するのはなかなか大変だと思うんですが、見事に実現しましたよね。
それに、長野県を活動拠点にするアーティストが、何らかのかたちでかかわっていたのが重要だったと思います。 1回目の、茅野先生の状況分析と提案のあと、質疑応答で「実際にアーティストとして活動しているが、ゼロカーボンなんて簡単には言えない」というような現場の声もちゃんと届けられ、それに対して茅野先生の科学的な知見からの応答がありましたよね。さっとした一瞬のことでしたが、質疑応答の意味が高まったと思います。
2回目は映画を題材に、アフリカを介して世界へ視点が広がった。それからパフォーマンスも素晴らしくて、それに鼓舞されるように、アーティストのみなさんのトークがストレートになっていたのもよかった。
3回目(11月23日開催〈会議〉『地球の今、美術館の明日~持続可能な未来をめざして~』※5)は、美術館という制度がどう機能するかというテーマでした。いろいろな立場があって難しいテーマに対して、アーティストから「クリエイターとしていま何をやりたいか、何ができるのか」という、自問自答のようなものが展開された。

※5
長野県立美術館で開催された〈会議〉第3回。GCCの実践例を挙げながら、長野県における文化芸術の気候変動に対する取り組みの推進についてディスカッションを行った。登壇者は塩見有子氏(AIT)、松本透氏(長野県立美術館)、中嶋実氏(小海町高原美術館)。アーカイブが視聴できる。

  • 写真:信州アーツ・クライメート・キャンプ〈会議 vol.1〉7月4日 20230704ShinshuArts-ClimateCamp
  • 写真:信州アーツ・クライメート・キャンプ〈会議 vol.2〉10月1日(パフォーマンス)
  • 写真:信州アーツ・クライメート・キャンプ〈会議 vol.3〉11月23日(ディスカッションの様子)
  • 写真:信州アーツ・クライメート・キャンプ〈会議 vol.4〉1月20日

野村
あの3回目で、ある意味、登壇者の間で話が煮詰まったところに、アーティストや、藤川さんのように環境問題に対して活動している方、茅野先生のような学者と、いろいろな人がいろいろな提案をしていただいてサジェスチョンしあうことで、「これからどうしていこうか」とみんなで考える空気が生まれましたよね。この取り組みを始める前は全然予想していなかったことでしたが、すごく手ごたえがありました。

ロジャー
あれはポジティブでしたよね。それにこういうシンポジウムって、ふわっとしたもので終わりがちなんですが、質疑応答のときに茅野先生が松本透館長(長野県立美術館)に対して、「ほかの施設は再生可能エネルギーを導入しているが、この美術館はどうですか。すぐできると思いますが」のような、非常に具体的なサジェスチョンが出されたことは、すごく覚えています。
おそらくそれもあって、松本館長はその後みずから相当アクティブに県に働きかけたんですよね。いま、県の施設は順番に再生可能エネルギーを導入していて、その順番待ちになっているそうですね。

金井
美術館が気候変動のようなテーマを受け入れるというか、議論するのは、正直に言うと、日本国内ではまだまだハードルが高いと思うんです。だからこの長野県の事例がきっかけになるといいですよね。そうすれば、ほかも追いかけやすいですから、一気に状況が変わると思います。

ロジャー
本当にそうですよね。長野県がリーダーシップを取って、北信・中信・東信・南信、大小も芸術表現もさまざまで、それを見た人が「あれだったらうちもできる」と模倣できるような、意味のあるアクションを取っている文化施設や団体が今年度に花開いたら、ファーストステップとしてはすごくいいと思いますね。

→後編に続く

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