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特集

地域の文化継承活動助成事業 八十二文化財団が取り組む、次世代への種まき

地域の文化継承活動助成事業 八十二文化財団が取り組む、次世代への種まき

1985(昭和60)年に財団法人として設立され、2011(平成23)年に公益財団法人に移行した八十二文化財団。長野県内の文化施設と提携し、文化芸術活動・文化財に関する調査・研究や情報収集・発信などを行っています。
以前の特集では、県に関係の深い人物・産業・自然などを特集した機関誌『地域文化』を中心に、これまでの活動について振り返りました。

八十二文化財団-文化を広く、深く探究し、 文化芸術の「学び」を支える

2021(令和3)年度、新たに「地域の文化継承活動助成事業」を開始。地域の文化を継承するために、小中学校や団体が地域住民と共に取り組む活動に着目して、支援を行っています。
今回の特集では、助成事業を立ち上げたきっかけや現状について、同財団の岩渕元英常務理事に伺い、県内各地でどのような取り組みが進められているのかを紹介します。

地域文化継承の鍵を握るのは、子どもたち

まずは、助成事業を始めたきっかけを伺えますか?

岩渕常務理事
当財団は設立以来、助成金を使った事業は行っていませんでした。お金ではなく、催し物を行うとか、調査研究をするとか、出版をするとか、自主事業により直接動くという方針で活動してきました。
私は2019(令和元)年に着任し、その際、「現在活動している団体を支援するための助成事業を立ち上げる」というテーマを与えられました。とはいえ、活動している団体というだけでは幅が広すぎる。私たちが支援すべき活動とはどういうものかを考えた時に、「『次代を担う子どもたち』と『地域の皆様』がつながる」というイメージが浮かびました。
そのイメージは、私が元銀行員だったということに依る部分が大きいかもしれません。当時、国の中小企業の支援策として、6次産業化や産学官連携、共創といった連携事業がありました。地域で活動している人たちが、共に一つのことに取り組むことで、つながりができる。そうやって生まれた活動を支援することで、活動の継続やネットワークの広がりができるのではないかと思いました。

写真:地域の文化継承活動助成事業岩渕元英常務理事

岩渕常務理事
もう一つは「信州型コミュニティスクール(CS)」、地域住民や保護者と協働する仕組みを備えた学校の存在です。助成事業の立ち上げに際して調べるうちに、長野県はこれがかなり盛んだということが分かりました。特に「学区」が一つの単位として、地域文化を担う役割を持っているのではないかと思ったんです。長野県は山が多くて集落ごとに隔たりがあるので、独特の文化が残っている。集落というのは今でいう学区に近く、地域文化を考える時に、文化教育を担っている学校の存在が重要なのではないかと思うようになりました。

確かに県内の小中学校は、地域学習が盛んだと感じます。

岩渕常務理事
文化庁で実施している『文化に関する世論調査』の結果を読み込むと、郷土文化の「次世代への継承」が地域の文化振興にとって重大な課題になっていることが分かります。そこで、県内の小中学校を対象に、地域の文化継承活動に関するアンケート調査を行いました。すると多くの学校で、信州型CSとして文化教育活動に取り組み、地域の皆さんも密に関わっていることが分かりました。

それで、子どもたちと地域の皆さんが一体となって取り組む「文化継承活動」を支援することになったんですね。

岩渕常務理事
対象は、地域に根差した伝統文化、民俗芸能、郷土の歴史、食文化といった、地域文化に関わるものです。ただ、もう少し幅を持たせたくて、まちづくりや自然保護、環境保護といったものも含めています。あと、大人と子どもが一緒に活動しているということが重要なポイントです。大人の活動が中心で、子どもたちとのかかわりが希薄なものは対象外としています。例えば、大人が冊子や動画を制作して、子どもに配ったり見せたりするというのは、一緒に活動しているとみなすことは難しいです。子どもが主体となって作っていて、大人はあくまでフォローする立場、というのであれば問題ないのですが。それと、単発ではなく継続性が見込まれるということも大事にしています。要は文化継承が目的なので、そこが前提ですね。
こうした方向性やアイデアをもとにして、財団の職員が制度の要領や事務手続きなど詳細を固め、理事会・評議員会を経て事業をスタートすることができました。今年度で3回目となりますが、ようやく運営も軌道に乗ってきました。小中学校をはじめ、皆さんからたくさんのご協力をいただいています。

これまでの助成事業(一部)

岩渕常務理事に過去2年間の助成事業を振り返って、地域の特色が出ているものをピックアップしていただきました。「これまでの助成先は、地域の特色が出ていて、どれも良いのですが…」と悩みながら、各年度につき2つずつ選んでいただきました。


  • ◎2021年度
    祢津東町歌舞伎保存会(東御市)

    写真:事例子ども歌舞伎クラブ写真:事例

    活動内容 祢津小学校の「子ども歌舞伎クラブ」(4年生~6年生の希望者)が対象。市無形民俗文化財指定である祢津東町歌舞伎の継承。

    「学校の先生と地域の方々がタッグを組んで、以前からクラブ活動に力を入れています。実際に観たんですが、ちょっと小学生とは思えないくらい上手で、純粋に作品として面白かったです」

  • 寿小池町会「子ども広場」(松本市)

    写真:事例正月飾りづくり写真:事例

    活動内容 地域の小学校1年生~6年生が対象。正月飾り作りや三九郎などの伝統行事の開催、ホタルの観察や地域の史跡を学ぶなど、幅広い学習の支援を行う。

    「小池公民館を拠点に活動していて、子どもに食事や団らんの場を提供するとともに、学習のお手伝いや生活体験の支援、地域の文化の伝承などを通じ、地域住民とのつながりを深め、子どもたちの生きる力を育むことを目指しています」

  • ◎2022年度
    長野市立七二会小学校(長野市)

    写真:事例桑の葉を手にする子どもたち写真:事例シルク灯篭

    活動内容 小学校3~6年生全児童が対象。七二会地区の養蚕文化を継承し、地域の活性化につなげる。

    「年々改良を重ねながら続けている取り組みです。この年は、地域の方に桑の葉を提供してもらって繭を育てて、取った糸でシルク灯篭を作りました。公民館のお祭りで販売して、利益は翌年の制作費に充てるそうです。糸をはくと死んでしまう繭のために、学校内にはお墓もあります」

  • 長野県長野ろう学校(長野市)

    写真:事例人形劇の上演写真:事例購入した絵本

    活動内容 小学部児童が対象。地域で伝承される民話に興味を持ち、大切にする意識を育てたいと、人形劇の上演や絵本の購入をしている。

    「2年目から特別支援学校も助成しています。助成金は、人形劇の上演と絵本の購入に使っていただいていて、後日、絵本を並べるために皆で本棚を作ったそうです」

子どもの頃に、少しでも地域文化に触れる体験を

財団の皆さんは現場にも足を運んでいらっしゃるそうですが、実際に見てどうですか?

岩渕常務理事
人口減少に伴い、いつまで活動が続けられるんだろうという危機感を持っているところが多いですね。5年後、10年後のことを思うと不安だという話を聞きます。でも私は、もし活動が途切れたとしても、それまで携わった子どもたちが大人になったときに記憶のどこかに体験したことが残っていたらいいんじゃないかと思っています。何かのタイミングで、子どもの頃に体験したことがきっかけとなって、新たな活動が生まれるかもしれない。今は、遠くにいても地域とつながる方法がいろいろありますよね。子どもの頃に、地域とつながる体験をしておくことが、何らかの種まきになるのではないでしょうか。

写真:地域の文化継承活動助成事業

岩渕常務理事
助成事業の審査員を務めている方も、「継承と言っても、その時々で形が変わることもあるし、なくなってしまうものもある。それを仕方ないといって諦めるのではなく、今、ある時に少しでも触れておけるようにすることを、種をまくような気持ちで続けることが重要」とおっしゃっています。確かに、種をまいても芽が出るかどうかは神のみぞ知る、先々生きていく人に判断してもらうしかありません。だからといって、今、私たちが何もしなくていいというわけではないですよね。

先を見据えた支援になるかと思いますが、今後については?

岩渕常務理事
息が切れないようにできるだけ長く、支援ができればと思っています。八十二文化財団と聞くと、専門的で、いろいろと知っているだろうと思われているかもしれませんが、そうではないんですよね。助成先に足を運んで、どういうことをやっているのか実際に見て、多くのことを学んでいます。私たちは、文化活動の質の向上というか、完成度を高めようとしているわけではなくて、地域の文化を盛り上げようと、楽しく、真剣に取り組んでいる姿を大切にしていきたいと考えています。
私たちの取り組みは、直接的な活動ではないかもしれません。でも、だからこそ担える役割もあると思います。子どもたちが地域の文化に触れる機会が、少しでも増えるように、これからも地道に種まきを続けていきたいです。

地域が取り組む文化の継承「地域の民話を、子どもたちへ」

最後に、本年度の助成先の一つ、「劇団すずの音」の公演の様子を紹介します。
同劇団は2010(平成22)年に設立。松川村多目的交流センターすずの音ホールを活動拠点とし、年1、2回のペースで定期公演を行っています。稽古は月に2回ほど。下は小学校2年生から、上は79歳まで、さまざまな世代が共に励んでいます。

この日は、安曇野地域に伝わる民話「泉小太郎」を上演。キャスト16人とスタッフ21人のうち7人が松川小学校・中学校の子どもたちです。「泉小太郎」は、テレビアニメ「まんが日本昔話」のオープニング映像に出てくる「龍の子太郎」でお馴染みの広く知られた話。以前から上演したいと考えていたそうですが、ようやく適したキャストがそろい、念願がかないました。脚本・演出の山﨑圭子さんは「地域に伝わる民話を知らない子どもたちも多い。掘り起こして伝えることが劇団の一つのテーマ」と話します。

  • 写真:地域の文化継承活動助成事業脚本・演出の山﨑圭子さんが本番に向けてアドバイス
  • 写真:地域の文化継承活動助成事業作品に欠かせない龍の操作方法を確認

世代も職業もさまざまな劇団メンバー。全員そろう時間が限られる中で、練習を重ねてきました。また、支援を受けたことで作中で欠かせない龍の制作や、信濃國松川響岳太鼓の演奏を依頼することもできたそうです。

  • 写真:地域の文化継承活動助成事業
  • 写真:地域の文化継承活動助成事業
  • 写真:地域の文化継承活動助成事業
  • 写真:地域の文化継承活動助成事業

無事に本番は終了。皆の熱演に、観客から大きな拍手が送られました。

  • 写真:地域の文化継承活動助成事業
  • 写真:地域の文化継承活動助成事業

終演後は、キャストやスタッフがロビーでお見送り。交わす言葉や、記念撮影をする様子から、地域の劇団として愛され、見守られているような温かい雰囲気がありました。
劇団員として携わった子どもたちはもちろん、友人が演じる姿を見た子どもたちも、地域に伝わる民話を身近に感じたはずです。この記憶が心の片隅に残り、いつか地域への思いとして芽吹く。そんな日が来ることを願っています。

取材・文:山口敦子(タナカラ)
インタビュー撮影:内山温那

八十二文化財団「友の会」
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