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全国に先駆けて全小中学校でスタート 東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環

全国に先駆けて全小中学校でスタート 東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環

東御市では、行政・学校・美術館が連携し、今年度から、市内全小中学校で対話鑑賞・朝鑑賞の取組を進めています。長野県でも今年度から第2次長野県文化芸術振興計画(令和5~9年度)に基づき「アートの手法を活用した学び」推進事業の中に「対話鑑賞」を位置づけて取り組んでいます。そうしたなか、東御市での取組は、関係者が部署を越えて連携し、子どもたちに対話鑑賞の機会を提供する仕組みをつくっている点で、全国的に見ても意欲的な事例だと言えそうです。東御市の取組がどのようにして生まれ、運営されているのかをご紹介します。

「対話鑑賞」とは?

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環和小学校で6年生の朝鑑賞の様子

写真は、東御市の小学校での対話鑑賞・朝鑑賞の様子です。これまでは読書などに当てられてきた時間を使って行われているもので、各クラスごとに絵画などの作品を観て、気づいたことや感じたことを自分の言葉で伝え合う時間を過ごしています。東御市では、授業前の朝の時間を使って行うことから「朝鑑賞」と呼んでいます。

  • 写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環「カメラが見える」と指し示す子ども
  • 写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環朝鑑賞で元気に手を挙げる和小学校1年生の子どもたち

11月に訪れた東御市立和(かのう)小学校1年生の教室では、「何が見えるかな?」という担任の先生の呼びかけに、「はい!はい!」と元気に手を挙げる子どもたちの声が響いていました。発表する子は、「このへんにカメラが描いてあって……」とモニターを示します。それを聞いて「カメラ!?どこどこ」「あ、なんか見えてきたかも!」と、自分にはなかった友だちの気づきにざわついていました。一見、カメラが描いてある作品には見えなかったので、取材者も思わず、絵をじっと観てカメラを探したくなりました。

東御市で対話鑑賞が始まったきっかけは?

そもそもなぜ東御市で対話鑑賞が始まったのでしょうか。日本の教育現場にいち早く対話鑑賞を取り入れた武蔵野美術大学の三澤一実教授、三澤教授との出逢いをきっかけに長野県で初めて対話鑑賞を設定した東御市丸山晩霞記念館の佐藤聡史館長、そして東御市文化・スポーツ振興課の高橋則幸課長と若林哲也係長にお話をお聞きしました。

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環(左から)東御市丸山晩霞記念館の佐藤聡史館長、東御市文化・スポーツ振興課の高橋則幸課長、武蔵野美術大学の三澤一実教授、東御市文化・スポーツ振興課の若林哲也係長

高橋課長
2017(平成29)年度に、それまで教育委員会部局にあった文化・スポーツ振興部門を市長部局に移管したんです。それをきっかけに、東御市文化芸術推進計画策定の話が立ち上がりました。昨年度に1年かけて策定を行い、東御市として柱になる活動は何がよいかということで三澤先生にも助言をいただき、学校・美術館と連携する対話鑑賞をやってみようとなったんです。和小学校の宮下聡校長がつなぎ役になってくださって、大学、美術館、学校、そして行政がタッグを組むようなかたちで実現できたという感じです。

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環高橋則幸課長

佐藤館長は、2000(平成12)年に梅野絵画記念館の学芸員になるなかで、東御市出身の三澤教授と出逢い、対話鑑賞を知ります。2007(平成19)年には東御市で、県内で初めてニューヨーク近代美術館のアメリア・アレナスの対話鑑賞を設定。20年近く、美術館と学校のかけはしとして、市内各地の学校で対話鑑賞を続けてきました。

宮下校長は、田中小学校赴任中に佐藤館長が企画したアレナスの対話鑑賞を体験。美術以外のさまざまな教科でも対話鑑賞の手法が生かせる、と教育現場で実践してきたベテランのファシリテーターです。他地域での赴任を終え、東御市に校長先生として戻ってきたタイミングで、計画策定のメンバーになったとのこと。「すべてのタイミングがそろったのが、今だったんです」と佐藤館長。

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環佐藤聡史館長

先生たちが気楽に実践するための環境づくり

対話鑑賞のために先生が準備することは、その日鑑賞する作品を選ぶこと。そして、教室にある大きなモニターや、生徒が1人1台持っているタブレットに作品を映すことです。教室では、ファシリテーターと呼ばれるサポート役として、作品を通して感じたことや作品から見えたものなどを子どもたちから引き出し、その発言を受け止めて、また次の発言につなげる、というような働きかけを行います。東御市の美術館2館の所蔵作品100点ほどと武蔵野美術大学の学生作品50点ほどをデジタル化しており、そのなかから自由に使うことができます。東御市内の全小中学校で朝鑑賞が定期的に始まったのは、2学期の10月から。各学校ごとに月1、2回ほど行っています。

若林係長
本年度は、4月に全職員を対象にした研修を行いました。最初は三澤先生に対話鑑賞とはどういうものかを見せていただいて、そのあと各学校で学校単位の研修をやり、そのあとクラスで実践するというロードマップのもとに、導入時から丁寧なフォローを心がけてやってきました。

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環若林哲也係長

佐藤館長
これまでの活動が順調に進んだのは、新たに着任した東御市地域おこし協力隊の山﨑麻由さんの存在も大きかったですね。短期間で地域に人脈をつくり、全校の先生たちと顔馴染みになってくれて、すばらしいです。山﨑さんがいなかったらここまで進まなかったと思います。

山﨑さん
朝鑑賞が始まるまでは、各学校との調整役として、梅野記念絵画館学芸員の日向大季さんと一緒に、頻繁に学校に顔を出して、先生たちと直接コミュニケーションを取るということを大切にしていました。始まってからは、学校同士のつながりづくりや情報共有もできたらいいなと思って、月1回「対話鑑賞通信」というメールマガジンを発行しています。メールマガジンでは、こちらの学校ではこういうふうに進めていますよ、この先生の進め方にはこんな工夫がありますよ、というのを写真とともにお伝えしています。

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環山﨑麻由さん

対話鑑賞で学力やメタ認知能力が高まる!?

全国に対話鑑賞を広め、美術教育を研究対象としている三澤教授には、ご自身が対話鑑賞と出逢ったきっかけや、対話鑑賞にどんな可能性を感じているのかをお聞きしました。

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環三澤一実教授

三澤教授
1998(平成10)年に、ニューヨーク近代美術館の教育プログラムの専門家として活動していたアメリア・アレナスが来日した際に、彼女の話を聞きにいったんです。そのときに、1年間かけて調査をしたところ、週1時間、美術鑑賞をすると学力が伸びた、ということをポロッと言ったんです。それがずっと頭に残っていて。あるとき、埼玉県の校長先生から「子どもたちの学力が低くて…」と相談されたので、「じゃあ、対話鑑賞をやってみませんか」と提案しました。
埼玉県での実践の様子を調査したところ、数年間でさまざまな効果が見られました。例えば、子どもたちの学力(書く力や語彙力)の向上、部活動で結果が出せるようになるといったことです。それと同時に子どもたちの進路決定も早くなりました。いろんな人と話すなかで、自分は何が得意なのか、何をやりたいのか、というメタ認知ができるようになったのではないかと思います。

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環和小学校の廊下で突然始まった対話の時間。「この絵の中にカエルがいるらしいよ」と、たまたま通りかかった子どもに先生が問いかける

三澤教授
子どもの話をゆっくり聞いて、それから答えを出すという対話を繰り返すことで、教員にも変化がありました。教員と子どもたちとの関わり方が変わったことで、保護者からのクレームもなくなっていったんです。子どもも保護者も、学校に自分の話を受け入れてくれる場がある、ということに気づいたんでしょうね。(註1)

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環滋野小学校で、佐藤館長のモデル授業※

佐藤館長
子どもたちも子どもたちなりに何かいい効果を感じているような気がします。僕たち大人には見えづらいかもしれないけれど、そういうところに大人も気づいて、受け止めて、評価してあげられたらいいですね。「〇〇君、すごいじゃん。おもしろいね」って。

対話鑑賞で「開かれた学校」に

皆さんに、東御市ならではの対話鑑賞のおもしろさと、今後の展望についてもお聞きしました。

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環三澤教授による禰津小学校での研修※

三澤教授
武蔵野美術大学の「旅するムサビプロジェクト」で、全国27都道府県で対話鑑賞を行ってきましたが、自治体全体で取り組んでいるのは東御市が初です。小学校5校、中学校2校が同時にやっているから、学校間で刺激しあったり、情報を共有したりして、お互いに切磋琢磨していける、そこが魅力だと思います。

山﨑さん
それぞれの教室での朝鑑賞が終わった後、先生同士で「どうだった?」と話している学校もあるそうなので、そういう輪がどんどん広がっていったらいいなと思います。

佐藤館長
山﨑さんや私が、こまめに各学校に足を運んでいますので、それを今後も続けながら、どういうふうに学校にフィードバックしていくかを考えています。これからもチャレンジすることはたくさんありそうです。そういえば、10月発行の広報誌で特集を組んでもらって、対話鑑賞が表紙を飾ったね!

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環対話鑑賞の特集が組まれた「市報とうみ」

若林係長
市民の方からも議員さんからも、いい反響をいただいています。学校だけの活動だったのですが、市民対象の講座へといった広がりも見えています。赤ちゃんと一緒の鑑賞会や、上田市との共催での対話鑑賞もやりました。

高橋課長
文化芸術を核に地域全体へ多様な広がりを見せているな、というのを実感しています。

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環梅野絵画記念館の目の前に広がる明神池のほとりで

「本当は実物を出したいんです。実物の情報量というのはすごく大きくて、子どもたちもしゃべりたくなりますよ。デジタル画像も手軽で良いですが、本物の作品も鑑賞する機会をつくっていけたらいいですね」(三澤教授)。「東御市ならすぐできそうです」(高橋課長)といった、わくわくするやりとりも聞かれました。学校、美術館、東御市がタッグを組む対話鑑賞という学びの種蒔きは、まだまだ広がっていきそうです。

長野県「アートの手法を活用した学び」推進事業 教員向けワークショップ(ARTS CHANNEL)

(註1)武蔵野美術大学では、2008年から「旅するムサビプロジェクト」として、学生が子どもたちと対話鑑賞をしています。「長年の活動から、居場所がない子どもたちが対話鑑賞を機に発言するようになって、一気に意欲が高まっていったとか、不登校気味だった子どもが通学できるようになったとか、そういう話をたくさん聞いています」と三澤教授。

コラム・心が動く体験を通して多様なあり方をやわらかく受け止める

東御市立和小学校の宮下聡校長は、2007(平成19)年に佐藤館長が設定したアレナスの対話鑑賞を経験。教育現場のさまざまな場面で対話鑑賞の手法を織り交ぜてきました。2022(令和4)年度に東御市立和小学校校長に就任後は、東御市文化芸術振興計画策定に関わるなど、幅広く活動をされています。
宮下校長が対話鑑賞を通して感じていること、その可能性についてお話をお聞きしました。

写真:東御市の朝鑑賞から生まれる対話の循環「一番うれしかった子どもの反応は?」という質問に、「たまたま聞こえてきたのですが、『朝鑑賞って楽しい!』って叫んだ子がいたことです」と宮下校長

宮下校長
2020(令和2)年度に小学校での新学習指導要領がスタートしました。社会の変化から、「予測困難な時代」と言われている今。そんな時代だからこそ、子どもたちにも自ら問いを見つけ、学び、考える力が求められ、教師には「教える」だけではなく、学びを組織するプロフェッショナルとしての役割が求められていると思います。この不確定な時代に、答えなき問いを問い続けることが、答えに近づくなんらかのものを見つけられる力をつけていくことになるかもしれない。そこで一番大事なことは、相手の言葉を聴いて受け止めることだと思うんです。対話鑑賞で教師が子どもの発言を受け止められるようになることは、授業改善にもつながっていくと思います。子どもたちも、他の子の発言が自分の見方をガラッと変えるきっかけになり、心が揺さぶられる瞬間を体験をすることで、聴くことは価値があることなんだな、と自然と学んでいけると思うんです。

本年度は、1学期に先生たちに研修を受けていただき、自分たち自身で対話鑑賞のおもしろさを感じてもらうことからスタートしました。2学期から始まった朝鑑賞では、子どもたちとのやりとりがやわらかくなっている様子も見られ、先生たち自身も楽しんでやっているのではと思っています。朝の時間を使うので、細かい準備や評価も必要なく、気軽に自由に話ができることも、先生たちが対話鑑賞に取り組むハードルを下げてくれます。「絵を観たら、なぜか自然と話ができるんだな」とか、「じっくり見ると見え方が変わるんだ」など、心動く瞬間を子どもたちと一緒に体験できているのではないでしょうか。佐藤館長が蒔き続けてくれた種が、学校現場のあちこちで咲いてきているなと思います。

宮下校長は、令和4年度に梅野記念絵画館で公開制作された夫婦イラストユニット「はらぺこめがね」さんの作品を使い、和小学校の全学年・全クラスで対話鑑賞の授業を実施した

取材・文:水橋絵美
インタビュー撮影:金井真一
写真提供(※):東御市

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