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「工芸の五月」 新緑の季節、松本の町を“工芸”で楽しむ

「工芸の五月」 新緑の季節、松本の町を“工芸”で楽しむ

4月の終わり、ゴールデンウィークから5月末までのおよそ1カ月間、松本市街のあちこちで工芸にまつわるさまざまな企画が展開される「工芸の五月」。5月の最終の週末には「クラフトフェアまつもと」が開かれ、全国から沢山の人が松本を訪れます。

  • 工芸の五月クラフトフェアまつもと(2019年の様子)
  • 工芸の五月

1985(昭和60)年に有志の力により始まった「クラフトフェアまつもと」は、時を経て松本の春の風物詩となりました。2日間のフェア、1カ月の市街イベントにとどまらず、近年ではクラフトや工芸を発信する通年の取り組みへと広がりを見せています。松本市と協働して取り組む「工芸の五月」について、NPO法人松本クラフト推進協会理事の伊藤博敏さん、工芸の五月企画室の北原沙知子さん、澤谷映さんの3人に、「クラフトフェアまつもと」の会場・あがたの森公園でお話を伺いました。

松本にある魅力を、外からの力を借りて違う視点で切り抜く

工芸の五月が始まったのは2007(平成19)年。松本市が市制100周年を迎え、「市民総参加」「市民が主役」をコンセプトに、市内全域を展示場と位置付けて300を超える記念事業を展開した年でした。松本クラフト推進協会でも、九州のアートを巡るイベントをヒントに、1カ月間のイベントを企画し、市内のギャラリーなどを中心に、23会場で展示やワークショップを行いました。最初の2年はフリーペーパー「日和(ひより)」が特集を組み、ガイドブック的な役割を果たしてくれたといいます。

ちょうどその頃、同協会が主催する「クラフトフェアまつもと」の来場者が2日間で7万人ほどになり、周辺の交通渋滞や迷惑駐車が大きな問題になっていました。同協会やクラフトフェアのスタッフだけでは対策が間に合わず、市に協力を依頼。その時のことを伊藤さんは「それまではクラフトフェアの前に、関係各課に連絡してそれぞれの許可を取るために回っていたんですが、そのときは全ての担当者が市長室に一堂に会していて、私たちも覚悟が決まったというか(笑)。一緒にやるか、とお互いが思ったタイミングだったのかもしれないですね」と振り返ります。そこからは市の公共施設などとも連携しながら進めてきました。

工芸の五月伊藤博敏さん

3年目となる2009(平成21)年は、市博物館や松本民芸館で、松本の民芸運動に深く関わった丸山太郎の生誕100年を記念した特別展を、市美術館で日本を代表するプロダクトデザイナー・柳宗理の企画展を開催。同時に「まつもと城下町湧水群」と工芸をつなぐプロジェクト「みずみずしい日常」がスタートしました。ここには、室内展示とクラフトフェアだけではなく、松本の町なかに目を向けてもらいたいという意図があったといいます。

「みずみずしい日常」を手がけたのは当時、関東周辺を中心に活動していた「人場研(まんばけん)」という、土地の人との出会いから暮らしを楽しむ方法を提案・実践するグループです。一緒に町を歩いて得た「水の音がする」という気付きから、テーマが決まりました。それから「人場研」のメンバーは、地域住民の暮らしの中で湧水がどのような役割を担っているのか、話を聞き、それこそ町内会の飲み会にも参加して、情報を収集し、どう生かすかを考えてくれたと言います。「もともとクラフトフェアも立ち上げメンバーは私以外は県外の人でした。地元だからと言って自分たちだけでやるよりは、新しい取り組みをしている人に任せたほうが面白いものができるんじゃないかな」と伊藤さん。よく地域活性化のキーワードとして「よそ者・若者・ばか者」と言われますが、「よく全部そろったなあ」と思って見ていたそうです。

そして、ガラスの器具で抽出される水出しコーヒーの展示と喫茶を楽しむ「池上喫水社」という企画が生まれました。会場となった「池上邸の蔵」は以前、薬草の倉庫だったといいます。企画室のスタッフが、「蔵と庭を貸してほしい」と交渉して、中を掃除して使えるようにし、入り口の階段は伊藤さんが急ごしらえしました。

  • 工芸の五月池上喫水社
  • 工芸の五月池上邸の蔵

工芸の五月の企画の核は、新しいことをするのではなく、松本にある魅力、民芸や町並みというものを違う視点で切り抜いたり、活用したりすることにあります。「町を歩いていて、目に留まった空きスペースで何かできるかなとか、普段使っているものをちょっと違う使い方をしたら面白いかなとか。気になるものを『工芸』で味付けしてみる感じです」と伊藤さん。

その後は湧水が湧き出るようにじわじわと、町のあちこちで多彩な企画が始まります。市美術館では「はぐくむ工芸」として中庭の芝生に子ども用の椅子が並び、座ったり遊んだりする子どもたちの姿が。蔵造りの建物が特徴的な「三代澤酒店」では地元作家の器で地元の酒を楽しむ「ほろ酔い工芸」が行われ、器好きとほろ酔いしたい人が集う場に。暮らしの道具を店先で紹介する「商店と工芸」、六九商店街での「六九クラフトストリート(現・六九工藝祭)」、信州大学の学生による回遊性プロジェクトなど、徐々に関わる人が増え、町なかへ広がっていきました。

  • 工芸の五月はぐくむ工芸 子ども椅子展
  • 工芸の五月ほろ酔い工芸
  • 工芸の五月商店と工芸
  • 工芸の五月六九クラフトストリート(現・六九工藝祭)

工芸は、暮らしの中の当たり前の風景

松本クラフト推進協会が発足したのは、クラフトフェアが始まった後の1987(昭和62)年。その目的は、「ものづくりの喜びを多くの方々に知ってもらう」ことにあります。2002(平成14)年には作品制作の実演とワークショップなどを行う「クラフトピクニック」もスタート。クラフト作家の発表の場としてのクラフトフェア、次世代にものづくりの楽しさを伝えるクラフトピクニック、そして工芸という切り口で町の魅力を発信する「工芸の五月」とさまざまな取り組みを進めています。
ここからは現在、工芸の五月企画室としてさまざまなイベントに携わる北原さんと澤谷さんも交えて伺います。

5月を「工芸月間」としながらも、最近は通年での情報発信を行っていらっしゃいます。その辺りはやはりコロナの影響があったのでしょうか?

北原さん
2020(令和2)年は5月の開催もままならず、秋に小さな企画を行うなど試行錯誤を続ける中で、市のほうから通年化という要望をいただきました。コロナ収束の時期も見えず、見切り発車的な感じはありましたが、ええいと飛び込むような気持ちでこれまでとは違う時期にやってみることに。結果的に、5月だけでは分からなかったこと、見えなかった景色を知ることができ、会える人もいた。本当にいろいろな切り口から工芸に触れるチャンスをつくることができるという手応えを得ることもできました。

工芸の五月北原沙知子さん

伊藤さん
工芸は、暮らしの中の当たり前の風景。それを強調するというのは、当たり前を当たり前に見せるというか…なかなか難しいですよね。そこを「工芸の五月」という枠ならいろいろな切り口でできる可能性はあると思います。まあ、今まで通りの人手と予算だと、通年といっても厳しいですが。

北原さん
通年企画で、ゲストハウス「東家」を会場として展示を開いたのですが、そこでサービスではなくコミュニケーションがベースになっている場所なんだ、と知ることができました。お金を払って何かを得るのではなく、来た人が持っているもの、それは必ずしも「物」だけではないですが、それをそこにいる人たちと交換するような場になっている。それが、工芸的というか、私たちが工芸の五月をやる意義そのものだな、と感じました。

クラフトフェアは販売という側面が強いですが、工芸の五月はその色は薄いですよね。

澤谷さん
私は大学時代に作っていたフリーペーパー「隙間」で、クラフトの作り手と使い手という特集を組んだことがきっかけで、2014(平成26)年にクラフトフェア30周年記念本「ウォーキング・ウィズ・クラフト」を制作しました。その後は、直接関わりはなかったんですが、昨年、知人に誘ってもらって企画室の一員になりました。ずっと離れてはいたけど、本を作ったときに聞いた「正直に作って、正直にさばいて、正直に使う」という言葉が印象に残っていて、こういうふうな生き方っていいなという思いが、心のどこかにあったのかもしれません。
クラフトフェアも、工芸の五月も、思うことは人それぞれでよくて、「かわいい」とか「きれい」でもいいし、「お気に入りのカップでコーヒー飲むのいいよね」でもいい。そういう気持ちがいろいろな形で、町の中に存在できればいいなと思います。

工芸の五月澤谷映さん

伊藤さん
以前、「みずみずしい日常」の企画で湧水を味わうために陶芸家や木工作家が「みずさじ」を作ったんですが、手のひらサイズなのでちょっとしか飲めない。でも、行為というか物語が楽しいんだよね。飲みにくいけど、こうやって飲んだら楽しい、っていう。

澤谷さん
何か一律ではなくて、皆がそれぞれ「なんかいいよね」と思えるのがいいですね。なくなるから残そう、というよりは、いいものを使いたい、持ちたい、というところが出発点だと思います。
今年のオフィシャルガイドブックで松本市立博物館を取材したのですが、結局、「これいいよね」みたいなものでしか成り立たないとあらためて感じました。それが面白くて切ない、切ないけど面白いです。

工芸の五月制作中の「工芸の五月2023」オフィシャルガイドブック

伊藤さん
クラフトフェアは、外から来た人たちが松本から発信する、というところから出発しているので、地元の人で地元の魅力を発信しよう、という気構えのようなものはあまりありませんが、これまでやってきたことから自然とつながりが生まれています。例えば、「ほろ酔い工芸」のように、普段行き来している通りの店に工芸を持ち込んで使える機会が増えるとか、伝統工芸の実演をお願いしたことで私たちも新たな知識や技術を知るきっかけになるとか。今年は市美術館の企画「そらまめギャラリー」で、木曽漆器工業協同組合とのコラボを予定しています。使う人がいなくなると文化は廃れてしまう。これからは、町の魅力に加えて、歴史や伝統ということとも関わりを持てればと思っています。

北原さん
この3年間、制限がある中でのイベントや、オンライン企画で得たものもたくさんありました。それを礎にして、今年は少しずつコロナ前の状況に戻りつつある中で、人に会える喜びや人と過ごす喜びと共に工芸を楽しんでもらえれば。企画する私たちも、参加する皆さんも、きっと想像以上にうれしいのではないかと、これから迎える季節を心待ちにしています。

工芸の五月

江戸時代、各地から匠たちが集った城下町・松本。戦後には、柳宗悦の唱えた「民藝(げい)運動」に共感した人たちによって、さまざまな工芸が栄えました。その延長線上に「クラフトフェアまつもと」、そして「工芸の五月」があります。
普段の生活では通り過ぎてしまうような町並みにも、「なんかいいよね」が潜んでいる。いつもより少し歩く速度を緩めたり、立ち止まったりすることで、思いがけない出会いがあるかもしれません。

取材・文:山口敦子(タナカラ)
撮影:横澤裕紀

工芸の五月
工芸の五月

2023年4月29日(土・祝)~5月31日(水)
詳しいスケジュールは公式サイトをご確認ください。

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