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災害の記憶を語り継ぐ 「災害伝承カード」を集めてみませんか

災害の記憶を語り継ぐ 「災害伝承カード」を集めてみませんか

官公庁や地方自治体などが無料で配布している「公共配布カード」を知っていますか?
ダムカード、マンホールカード、発電所カード、文化遺産カードなど、多種多様。人気のものは書籍化されたり、カードを集めた展示イベントが開かれたりしています。

長野県でもさまざまな公共配布カードを作成、配布しています。その中の一つ、「災害伝承カード」は、県建設部砂防課が長野県立歴史館と連携して発行しているものです。言い伝えや伝説が記されたこのカードに込められているのは、先人の知恵を広く伝え、将来にわたって災害による被害を減らしたいという願い。より多くの人たちに知ってもらうための、創意工夫を凝らした取り組みを紹介します。

過去の災害を伝え、“防災のヒント”を得る

災害伝承カードは名刺大のサイズで、全87種類。カードに記されている場所、またはその場所が位置する市町村役場を撮影し、その写真を県内各建設事務所・砂防事務所で見せると入手できます。

カードの表には、災害の遺跡の名称、災害の種類/要因、災害の伝承形式などが記載されており、カードの裏には、所在地などのデータ、言い伝えや伝説、観光案内や周辺情報がまとめられています。災害の遺跡として取り上げているのは、堤防、公園、池や湖、神社仏閣、石碑や石像のほか、祭りや舞などもあります。

写真:災害伝承カード災害伝承カード

例えば、高山村の「水中のしだれ桜」は樹齢260年という大樹で、全国各地から観光客やカメラマンが訪れる“桜スポット”として有名ですが、1742(寛保2)年の水害の後、屋敷神であった鹿島神社を祀(まつ)った際に植えられたとされています。また、「サンヨリコヨリ」は伊那市を流れる三峰川の右岸と左岸にある2つの天白社で行われる祭り。洪水などの災厄を防ぎ、豊作や集落の安全を祈る意味が込められていると伝えられています。普段から知っている場所や祭りも、元をたどると災害がきっかけになっていることがあるのですね。

  • 写真:災害伝承カード 水中のしだれ桜水中のしだれ桜
  • 写真:災害伝承カード サンヨリコヨリサンヨリコヨリ

担当する砂防課の丸山彩香さんは「石碑などは災害と関係していることが分かりやすいですが、地域のお祭りにもそういうものがあるということは、このカードを見て、初めて知りました」と話します。

災害伝承カードという取り組みは、全国で初めて。お遍路をヒントにして、「災害の伝承がある場所を巡ることができるような企画を」と考えたそうです。候補となる場所を探して市町村に照会し、情報提供も受けながら選定。第1弾として10種類を作成し、2019(令和元)年11月に配布を始めました。第2弾で32種類、第3弾で45種類を追加し、ついに全77市町村を網羅。実際に現地に足を運ばないともらえないというのはちょっとハードルが高いように感じますが、そこが逆にコレクター心をくすぐるのかもしれません。丸山さんも、「何枚か集めて回っている人や、夏休みの自由研究の題材に選んだ小学生もいるみたいです」と話します。ちなみに、まだコンプリートしたという話は聞いていないとのこと。

写真:県建設部砂防課担当者県建設部砂防課の丸山彩香さん

砂防課は、砂防・地すべり対策・急傾斜地崩壊対策などのハード対策と、災害発生時に円滑な避難行動がとれるように、危険な場所の周知や防災教育などのソフト対策の両面を担っています。「ハードとソフト、どちらも大事ですが、ハードはやはり限界があります。その土地に暮らしている、一人一人の意識が少しずつ変わる、そういうソフトの面でも、何かできることはあるのではないかと思っています」と丸山さん。

ソフト対策の一つとして、2018(平成30)年、県公式ホームページ内に「過去の災害に学ぶページ」を開設。過去の災害を地域の防災に役立てようと、県立歴史館と共同で情報発信に力を入れています。ページには、「地図から防災について読み取る」「災害にかかわる地名を紹介する」などのコンテンツのほか、ダウンロードできる「災害伝承カレンダー」もあります。

写真:災害伝承カードをファイリング砂防課ではファイリングして保管

「過去の災害に学ぶことは、地域防災力を高めることにもつながります」と丸山さん。この場所で過去にあった出来事、実際に避難したときの経験談、それらを知っておくことが災害時の行動を左右します。周りの声かけによって、避難する人の割合が高くなるというデータもあります。「地域には、そこで暮らし、その土地と向き合ってきたご先祖様が残してくれた“防災のヒント”があります。それを活用していくことが、防災対策になるはずです。災害伝承カードをきっかけにして、災害があった場所に足を運んでくれる人が増えるといいですね」とも。

薄れていく記憶を、形に残して

せっかくなので、災害伝承カードになっている場所の一つ、長野市の長沼地区にある妙笑寺(みょうしょうじ)を訪れました。ここは2019(令和元)年10月、台風19号で千曲川の堤防が決壊し、甚大な被害を受けた場所です。カードに載っている写真は本堂と、境内にある水害の歴史を記した「千曲川大洪水水位標」。水位標には7回の記録が記されています。

写真:妙笑寺にある千曲川大洪水水位標妙笑寺にある千曲川大洪水水位標

最も高いのは、3.36メートルの位置にある「寛保2戌(いぬ)年8月2日」。地元で「戌(いぬ)の満水(まんすい)」と語り継がれている、1742(寛保2)年、千曲川流域を襲った台風による大洪水のときのものです。そしてその次が、今回の台風19号によるものです。

写真:「令和亥元年10月13日」と記されている千曲川大洪水水位標上から2番目に「令和亥元年10月13日」と記されている

妙笑寺は決壊した堤防から150メートルほどの場所にあり、建物は全壊。住職の妻・笹井妙音さんは、越水して境内が浸水していく様を目の当たりにしたと振り返ります。「この辺りは何度も水害があった。もちろんそれは分かっていたつもりでしたが、今回の被害は想像できませんでした」。明け方に堤防が決壊。屋根の上に身を寄せ、濁流が押し寄せてきていることを、建物が壊れる音で感じていたと言います。

写真:笹井さん笹井妙音さん

大きな被害をもたらした台風19号から3年。本堂は、今なお復旧工事が続いています。
地域の歴史である「長沼城」について知りたいと有志で立ち上げた「長沼歴史研究会」の会長でもある笹井さん。今年6月、メンバーと共に住民の目線で検討・考察してまとめた記録集『千曲川堤防 決壊』を出版しました。ほかにも、節目にはイベントを開いたり、絵葉書を作ったりとさまざまな活動を行っています。「記憶は薄れていくし、人は忘れていってしまう。伝えていかなければいけないことは、繰り返し、繰り返し、やっていくしかありません。災害伝承カードもその一つですよね」と話します。

千曲川大洪水水位標の写真を撮り、長野合同庁舎内にある長野建設事務所に行ってカードをもらってきました。自分の目で見てきたものがカードになっていて、データもコンパクトにまとめられているのは、ちょっと不思議な感じです。

写真:災害伝承カード「妙笑寺(千曲川洪水水位標)」災害伝承カード「妙笑寺(千曲川洪水水位標)」

これまで気付かなかったことを知るきっかけをくれるカードは、身近なところにもあるかもしれません。手の中に収まる小さなカード。その中に込められた願いに触れ、思いを巡らせてみてください。

ほかにもある!長野県等が作成している公共配布カード

  • 信州山カード
    写真:信州山カード

    長野県観光部と長野県山岳遭難防止対策協会が、安全登山の推進を目的として作成。
    全50種類で、配布場所は県内の代表的な山にある山小屋や地区山岳遭難防止対策協会の登山相談所、道の駅や観光協会など。裏面には、管轄警察や主な遭難態様、登山にあたって警察からのアドバイスなどが記されています。
    「信州山カード」ポータルサイト

  • 縄文カード
    写真:縄文カード

    長野県埋蔵文化財センターが、展示施設を訪れ、出土品の見学を促し、埋蔵文化財の保護や文化財を活用した地域づくりの推進を目的として作成。
    土器や土偶など全10種類で、カードの配布場所(博物館等)で遺物の本物を見ることができます。
    一部施設では配布を終了していますが、現在、第2弾を作成中とのこと。年明けから配布予定なのでお楽しみに!
    縄文カード(長野県埋蔵文化財センター)

取材・文・撮影:タナカラ

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