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松本市美術館20周年リニューアル 美術や技術を未来に伝える「箱」

松本市美術館20周年リニューアル 美術や技術を未来に伝える「箱」

松本市美術館が、開館20周年を迎える令和4(2022)年4月21日にリニューアルオープンしました。
約1年間の大規模改修工事を経て、一新した館内設備や、休館中に行われた「パルコde美術館」、そしてリニューアル記念展「よみがえる正倉院宝物-再現模造にみる天平の技-」の魅力について、小川稔館長に伺いました。

作品にとっても来館者にとっても、快適な空間に

リニューアルのポイントを大きく2つ挙げると、「作品の保存や展示室の環境の向上」と「来館者の快適性」です。企画展示室は、照明のLED化や細かい照度調整が可能なスポットライトを導入、空調設備の更新を行いました。1階には授乳スペースとおむつ替えスペースを備えた「赤ちゃん休憩室」を新設し、3階の「アートライブラリー」には、靴を脱いでゆっくり本を読めるスペースを設けました。これについて、小川館長はこう説明します。

「作品を保管するために温度や湿度を管理する空調設備は、20年くらい経つと点検・交換が必要になります。合わせて、作品の見せ方にかかわる照明の取り換えも行いました。また、今はどこの美術館でも、子どもが楽しく過ごせるということが一つのキーワードになっています。『赤ちゃん休憩室』、『アートライブラリー』などは子育て世代の皆さんも気軽に来館できるように見直しました」

  • 松本市美術館20周年リニューアル赤ちゃん休憩室
  • 松本市美術館20周年リニューアルアートライブラリー

ほかに、エントランスも一新し、キャッシュレス決済にも対応。カフェ・レストランも新たに「SHOKUDO&CAFE yumyum(ヤムヤム)」がオープンしました。

  • 松本市美術館20周年リニューアルエントランス
  • 松本市美術館20周年リニューアルカフェ・レストラン「SHOKUDO&CAFE yumyum」

これまでの活動の延長線上にあった「パルコde美術館」

改修工事期間中に松本市内の商業施設「松本PARCO(パルコ)」で開催された「パルコde美術館」では、地元ゆかりのアーティスト12人の作品を8カ月間、4期にわたって展示しました。(展示の様子はこちらの動画でご覧いただけます。)

松本市美術館20周年リニューアル「松本パルコ」6階で開催した「パルコde美術館」

商業施設のワンフロアを美術館に見立てたことや、ワンコインという手頃な入館料は、ほかではあまり見ない斬新な企画でしたが、小川館長は「これまでの活動の延長」と位置付けています。

「地元ゆかりの作家や、現在活動している作家を紹介するということは、常に美術館で取り組むべきことなので、休館している間は場所を移して行った、という捉え方をしています。ただ、会場として若い世代も集まる『松本パルコ』という場所を使わせていただいたことで、これまであまり美術館に足を運んだことがなかった方にも、作品に触れていただく機会を提供できたのは非常に良かったと思います」

世界的な前衛芸術家・草間彌生さんの作品が内外に展示されている同館。公立の近代美術館として、市民の芸術文化の振興に寄与するという役割と同時に、明治時代に始まる近代美術にゆかりのある人たちの作品の収集・展示、それに加えて、今、創作活動に勤しむ作家に表現の場を提供する役割も担っています。

松本市美術館20周年リニューアル小川稔館長

「調査・研究して優れた作品を集め、展覧会につなげていくというのは大切なサイクルです。それに加えて、現在活動している人にもスポットを当てたい。例として『パルコde美術館』でも紹介した、松本市出身の彫刻家・飯沼英樹さんは、平成28(2016)年に特別展を開催しました。世の中は常に動き続けているので、美術の世界も過去にとどまらず、未来に向かっていかなければなりません。現代作家として、今も新しいことに挑戦し続けている草間彌生さんはもちろんですが、その下の世代の人たちも視野に入れて活動をしています」

ほかに、教育普及施設としての「学びの支援」も公立美術館が果たす役割の一つ。取材当日も、小川館長自ら展覧会の見どころや楽しみ方を説明する「スライドトーク」が開催されていました。コロナ禍でイベントの実施が難しい状況が続きましたが、今後は徐々に<再開されていきそうです。

再現模造は、未来へのバトン

リニューアルオープンを記念して行われているのが「御大典記念特別展 よみがえる正倉院宝物 -再現模造にみる天平の技-」(4月21日~6月12日)。正倉院宝物とは、奈良・東大寺の倉であった正倉院正倉に伝えられた品々で、調度品、楽器、遊戯具、武器・武具、文房具、文書など多彩な分野にわたります。現在は年に1度、宝物の点検に合わせて奈良で開催される「正倉院展」以外では、ほとんど目にする機会はありません。

正倉院宝物の模造製作は、明治8(1875)年に開催された「奈良博覧会」を機に始められたといいます。明治時代後半より、宮内省正倉院御物整理掛(ぎょぶつせいりがかり)のもとで、模造製作は修理と一体の事業として取り組まれていました。現在は宮内庁正倉院事務所で、単なる模倣ではなく原宝物と同じ素材や技法を用いて当初の姿を再現することに重点を置いて行われています。同展では、これまでに製作された再現模造作品の中から、選りすぐりの約80点を展示しています。

松本市美術館20周年リニューアル

「正倉院の宝物そのものがあるわけではない、ということで誤解されやすいのですが、代用品やレプリカとは違います。正倉院の宝物自体も明治期に修復されたものがかなりあるようですが、それがなければこのような再現模造作品は、現代では製作できなかったかもしれません」

先述した「スライドトーク」で印象的だったのは、小川館長の「写すことは未来へのリレー」という言葉でした。例えば、今回ポスターやチラシに写真が使われた「模造 螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」。前期(5月15日まで)は宮内庁正倉院事務所が所蔵する、平成23(2011)年からおよそ8年かけて製作された“2代目”が展示され、後期(6月12日まで)は、東京国立博物館が所蔵する明治31(1898)年に製作された“初代”が展示されています。

松本市美術館20周年リニューアル宮内庁正倉院事務所が所蔵する「模造 螺鈿紫檀五絃琵琶」(現在は展示終了)

「傷んでいたオリジナルを直した“初代”があったから、“2代目”を製作することができた。今回は、残念ながら2つを並べて見比べることはできませんが、比較すると初代には緩さというか、おおらかさがあり、2代目は緻密(ちみつ)さを感じます。模造についての考え方も、時代によって異なります。昔は商品として外国に輸出していたこともあって、大まかな解釈で作られていたこともあったかと思いますが、今は、科学的な研究成果の一つとして捉えている面もある。どちらが良い、ということではなくて、それぞれの時代で違うということ。もしかしたら100年後には“3代目”ができているかもしれません」

原宝物の姿形、使われている素材や技術の調査研究は、科学の進歩で精度が上がることを考えれば、時代によって再現模造が変わることも想像できます。同展では、素材や技法の説明と共に、現代の工芸家たちが製作に挑む様子も紹介しています。

松本市美術館20周年リニューアル

「いつ、だれが作ったのかに着目することで、その頃の模造についての考え方にも触れることができると思います。技術の継承も見てほしいところで、明治時代の工芸家の2代目、3代目が、今の再現模造製作に携わっています。若い工芸家たちが、当時の技術を用いたり、現代の技法に置き換えて自分たちのものにできないか試みたりしている様子もうかがえます」

「見どころは全て」という小川館長にあえて挙げていただいたのは「紺玉帯(こんぎょくのおび)」とそれを収めたとされる「螺鈿玉帯箱(らでんぎょくたいばこ)」。紺玉(ラピスラズリ)で飾られた原宝物は、帯が断裂して一部欠損していたため、正倉院に伝わるほかの革帯を参考にして製作されたといいます。箱は、唐花(からはな)や雲、鳥の紋様が施されて華やかな雰囲気です。

  • 松本市美術館20周年リニューアル紺玉帯
  • 松本市美術館20周年リニューアル螺鈿玉帯箱

「ベルト(帯)だけではなく、それを入れる箱も大事にしていたことが分かります。私はここに、日本的な『箱の文化』を感じます。言ってみれば正倉院自体が大きな箱、作品を所蔵して保管するだけではなくて後世に送り届ける、まさに宝箱です。私は美術館も箱に例えていて、作品を未来に正しく受け渡すことが使命の一端だと思っています。20年というのは、美術館としてはまだまだ若手。今までやってきたことを継続しながら、それに捉われずに、次のチャレンジをしていきたいですね」

同展は、全国8カ所で行われた巡回展で、最後の開催地が松本になります。その原点ともいえる「奈良博覧会」が開催され、模造製作が始められたのと同じ頃、松本市では旧開智学校校舎が完成(明治9年)し、主がいなくなった松本城の天守の保存・修理のために市民が募金を集めて工事を開始(明治36年)するなど大きな出来事がありました。小川館長は「工芸技術が息づく城下町・松本で開催する意味もあると思っています」と話し、何か縁を感じずにはいられません。

会期中はちょうど、松本市内で工芸にまつわる企画「工芸の五月」も行われています。技術と伝統、丁寧な手仕事、そして作品に込められた思いに触れるため、足を運んでみてはいかがでしょうか。

取材・文:編集部
撮影:平林岳志

松本市美術館

松本市美術館
松本市中央4-2-22

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