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『シンビズム』~高め合い、協働する学芸員のネットワークが長野県の美術館とアートシーンを輝かせる~

『シンビズム』~高め合い、協働する学芸員のネットワークが長野県の美術館とアートシーンを輝かせる~

長野県では平成28年4月、一般財団法人長野県文化振興事業団に、県内の文化事業全体の底上げを図るため複数の芸術分野の専門家からなる「長野県芸術監督団」を設置しました。美術分野は、本江邦夫芸術監督のもと、キャリアも所属も違う学芸員たち(=シンビスト)が市町村を超えてネットワークを形成し、議論を通して高め合い、協働して『シンビズム』展を企画・実施してきました。その締めくくりとなる『シンビズム4』が2月13日(土)から始まりました。同展は2月13日(土)から3月14日(日)に上田市立美術館、8月14日(土)から9月12日(日)に安曇野市豊科近代美術館で開催されます。この『シンビズム4』の魅力を伺うとともに、『シンビズム』のこれまでの取り組みを振り返るために学芸員たちによる座談会を行いました。集まってくださったのは『シンビズム』ワーキンググループ議長の大竹永明さん、県内を4地区に分けたチームのリーダーを務めた中嶋実さん、前田忠史さん、宮下真美さん、そして『シンビズム4』の出品作家たちと長年親交のある赤羽義洋さんです。

※本江邦夫監督は2019年にご逝去されました。
※学芸員の皆さんは撮影のために短時間だけマスクを外しています。

シンビズム

「信州の美術の主義」を表す言葉で、ほかに「新しい美術」「真の美術」「親しい美術」などの意味も込められています。市民と作家および作品をつなぐ学芸員の意識共有や資質の向上を図り、県内ミュージアムのネットワーク化を促進することで、作家への全県的な支援や、市民のみなさまへのより多彩で豊かな情報提供をめざした取り組みです。

シンビズム

孤軍奮闘する学芸員同士がつながり、支え合い、高め合う

シンビズム本江邦夫芸術監督(撮影:髙橋広平)
シンビズム『シンビズム1』の記者会見より

芸術監督団事業として、長野県内の学芸員によるネットワークを形成するというプランを初めて聞いたときはどんな印象を持たれましたか?

大竹
本江さんとは以前からお付き合いがありましたが、普段はあまり感情を表に出さない方なんです。しかし『シンビズム』に関しては熱さを感じました。長野県には多くの美術館がありますが、学芸員が一人で孤独に活動している館も多いんです。本江さんは芸術監督団事業によって学芸員同士がお互いを理解し合って、協力もし合うというネットワークを形成し、事業が終了した後もその取り組みが浸透し、継続されていくような仕組みを考えていらしたように思います。

中嶋
本江さんの著作物を拝読させていただき、非常にロジカルな考え方をされる、厳しさを持った方だなという印象を抱いていました。一方、作家論を読むとすごく愛情ある文章を書かれている。芸術監督には適任の方だと思ったのと同時に、学芸員として大先輩でもありますし、われわれにとって大きなスキルアップにつながるという期待がありましたね。

赤羽
私も同様ですが、所属する館での仕事をやりながら参加するのは大変だろうなと。実際に学芸員が一、二人で回している館では、本当に忙しいんです。しかし私自身はそれ以上に、現代作家を紹介する今までにない事業であり、初めて出会う大勢の学芸員の皆さんと一緒に取り組めることがとてもうれしく、ありがたいと思いました。

宮下
本江さんは会議のたびに「主役は学芸員だから」とおっしゃっていました。芸術監督としてみんなを引っ張っていくというよりは鼓舞してくださいました。私から見たら周りは大先輩ばかりですから緊張もしましたが、いろいろ学べる機会になればと考えていました。

前田
それに本江さんご自身が学芸員同士が本音で話せる場をつくりたいと、いろんな展覧会を見て回っていらっしゃいましたよね。

中嶋
『シンビズム1』の図録に“不意に思いついたのが、小さな美術館の、孤立しがちな学芸員たちが輪になって楽しく踊っている光景でした”と書かれていましたが、まさにそうしたネットワークが醸成されたと感じています。

シンビズム中嶋実さん/小海町の職員として、小海町高原美術館に開館時から学芸員として勤務
『シンビズム4』では、上田/戸谷成雄、安曇野/小林紀晴(リーダー)、丸田恭子(リーダー)、藤森照信を担当

長野県の現代美術史を俯瞰する作業が学芸員を育てる

『シンビズム1』から『シンビズム4』までがどのような経緯で企画されてきたのか教えてください。

大竹
第1回は、初回ということもあり、全体でどんなことができるかを集まったみんなで話し合い、ワーキンググループの学芸員が長野県にゆかりのある現代美術の作家を各自一人を推薦する方式で展示をやろうということに決まりました。第2回からはワーキンググループ内で、それぞれの学芸員が推薦した作家について取り上げるかどうかを協議することにしました。第3回はそこから少し視点を広げ、長野県の現代美術の歴史をたどる上で欠かせない作家を取り上げようということで、亡くなった方も含めた企画を検討したんです。そして第4回は第3回の延長として、また芸術監督団事業の締めくくりとして、長野県の現代美術史を俯瞰できるような作家を取り上げようということになりました。

前田
第1回と第2回の「一人の学芸員が作家を一人選ぶ」というスタイルが面白かったですね。選ばれた作家・作風が本当にバラバラで、特定のテーマのもとに複数の作家が集う展示よりもさらにカオス感があるものになりました。学芸員それぞれの感覚を通して、現代作家たちが感じた時代に対する多様な感覚がより一層示されているように感じました。第3回と第4回は歴史を踏まえた内容になっています。美術館の展覧会を企画するときは、美術史の上でどんな意味があるか、新しい知見は何かを踏まえる必要があるわけですが、多様な視点が加えられたという点においてチームをつくったことの意味は大きかったと思います。

シンビズム『シンビズム1』信州新町美術館/ナカムラ マサ首作品 ステンドグラス(©大井川茂兵衛)
シンビズム『シンビズム2』丸山晩霞記念館/山上渡作品(©大井川茂兵衛)

現場の作業面からはいかがでしたか?

中嶋
第1回は作家の作品の展示から調査、テキスト制作などすべてを推薦した学芸員が行いました。第2回からグループ化したことで一人の作家に向ける視点が広くなり、第4回は、一人の作家を複数の学芸員が担当する仕組みに変化した。たとえば第4回に上田市立美術館で展示する戸谷成雄さんは5人の学芸員がチームを組んで担当していますが、チームでいちばん若い方がリーダーです。ベテランの学芸員と若い学芸員が協力しながら、一人の作家をどう見せるかを組み立てました。

宮下
私自身も県内を4つに分けた地域のリーダーをやらせていただき、第4回では辰野登恵子さんのリーダーと、どんどん役割が重くなっていって。学芸員をまとめる経験は初めてでしたし大変でしたが、皆さんに支えていただき、自分の成長や喜びにつながったように思います。

シンビズム宮下真美/おぶせミュージアム・中島千波館を経て、現在は軽井沢ニューアートミュージアム勤務
『シンビズム4』では、上田/辰野登恵子(リーダー)、小山利枝子を担当

所属されている美術館で展覧会を行うとき、学芸員がお一人の館はすべての作業を行いますし、学芸員が複数の館は担当者のプランに沿って形にされていきますよね。それに対して『シンビズム』では日ごろ一緒に仕事をされているわけではない、しかも研究する専門分野が違う皆さんが議論して作品を選び、展示方法を考えていく方法がすごく面白く感じられました。

大竹
やはり場数を踏んだ学芸員たちにはノウハウがあるし、若い皆さんには新しい視点がある。ほかの学芸員が何をやっているかを見ることは新鮮だったと思います。学芸員同士はある意味ライバル。でもこうした機会があれば、否応なしにそれぞれが持つスキルを見せ合える。私が若いころに『シンビズム』があったらよかったのに(笑)。

一同
笑い

宮下
本拠地ではない場所で展示を企画し、作業する機会を持てたことも新鮮な体験でした。自分が所属する館で自分の企画した展示をするのとでは、まるで勝手が違うんです。

前田
それもありますよね。所属する館では展示室のクセを理解できているので工夫の仕方がわかるんです。私も木曽の御料館や辰野美術館で展示をさせていただいたときは作品を選んだもののどう配置したらいいのだろうかずいぶん考えました。ほかの学芸員の皆さんがこの空間をどう生かすのか、作家さんとどういう対話をするのか、非常に勉強になりました。

赤羽
私が若いころに比べたら現在は白い壁の空間に展示することが一般的になっていますからね。それとは違う個性的な空間で、しかも第3回からは自分が選んだだけではない作家の作品を展示する、それは大変な作業ですよ。個々としても全体としてもステップアップになったんじゃないかな。

シンビズム『シンビズム1』御料館/矢島史織作品(©大井川茂兵衛)
シンビズム『シンビズム4』安曇野高橋節郎記念美術館 旧高橋家住宅主屋/眞板雅文作品(©畠山崇)
シンビズム『シンビズム3』中野小学校旧校舎・信州中野銅石版画ミュージアム/ナイトミュージアム 増田洋美作品(©阿部澄夫)

定評がある現代美術作家の作品に
「新しい見え方」を提示する展示に注目してほしい

シンビズム『シンビズム4』チラシ

『シンビズム4』の魅力を語っていただけたらと思います。

大竹
今回、取り上げた作家は日本の現代美術を代表するビッグネームばかり。長野県の現代美術界がいかに充実しているかを感じることができると思います。

中嶋
たしかに王道の展覧会になりましたが、同時に『シンビズム』の集大成としてワーキンググループの思いも詰まっています。見せ方もかなり工夫されていて、王道を新しい視点で見ていただける、今までにない展覧会になると確信しています。

赤羽
一人の作家の展示を数人のチームで進めてきたものですから、相当に磨き合い、せめぎ合い、力を入れて作品も選んでいます。まずは作品を見てほしい。これまでなら一緒に展示をすることなど考えられなかった作家が隣り合わせだったり、同じ部屋に展示されています。それは私たちが考えて行き着いた結論で、それぞれの作家の関係性、互いの作品の響き合いが見えてくるのではないかという期待があります。個展などとは異なり、複数の作家を一緒に展示することで生まれる新しい見え方を感じてもらえればと思います。

シンビズム赤羽義洋/学芸員として長く辰野美術館に勤務。現在はアンフォルメル中川村美術館管理組合支援学芸員を務める
『シンビズム4』では、上田/母袋俊也、安曇野/北澤一伯(リーダー)、松澤宥(リーダー)、根岸芳郎、小松良和を担当

前田
作品そのものはもちろん、作品の背景も想像し、解説も読んでいただきながら鑑賞していただくと、より長野県の美術の持つ背景もわかっていただけると思います。全国にも個性的な地域はあると思いますが、長野県は飛び抜けている気がします。山や川などの地形によって、地域ごとに特徴的な自然があり、そこで営まれた暮らしがある。地域が多様だからこそ文化芸術も多様になっている。それぞれの地域に特徴的な美術館があって、その特徴を背負って集まってきた学芸員が企画しているというベースを感じていただけるとうれしいですね。

大竹
茅野市出身の建築家である藤森照信(てるのぶ)さんを現代美術の作家として取り上げられるのは私自身非常にうれしいんです。藤森さんこそ根強い風土性、縄文時代以来の地域文化の特性を心の中に持っていらっしゃる。長野県の懐の深さ、土着性や精神性みたいなものが藤森さんが加わることで非常に広がったと思っています。

赤羽
下諏訪町出身の松澤宥(ゆたか)さんはコンセプチュアルな観念美術という相当広い表現ではありますが、ローカルなものからスタートして、考えることがグローバルになっている。その行ったり来たりが大変面白い。長野県で生まれ育った『シンビズム』の各々の作家にも染み込んだ地域性が何かしらあって、それがいろんな形で出てきている。そういうものも『シンビズム4』で感じていただきたい。

中嶋
展示のほかにも上田会場では30歳以下の方を対象に美術講座を3回開催し、現代美術の話題ですごく盛り上がりました。その資料として年表をつくったのですが、ここ30年と戦後の30年を比べると意外と似ているんです。現在は新型コロナウイルス感染症が蔓延していますが、1960年代後半には香港風邪が流行って多くの方が亡くなった。2001年にアメリカでは同時多発テロがありましたが、戦後にはベトナム戦争(1955~75年)があった。そういう社会不安の状況がすごく似ていて、戦後すぐに生まれた戸谷さんも辰野さんも葛藤を乗り越えて作品をつくってこられたと思う。今の若い方が見ても、汲み取るべきものがたくさんあるはずです。

大竹
先ほど前田さんもおっしゃったけれど、長野県の近代美術史をたどると自然が豊かだったためにずっと温厚な、写実的な作品ばかりだったんです。そこに戦争で疎開してきた中央の作家たちが影響を与え、戦後しばらくしてから単に自然を写すのではなく、自分の特異性を表現する人たちがたくさん現れました。草間彌生さんはもちろん、戸谷さん、辰野さんに続くすごい作家たちがいる。

作家たちが新たな舞台に羽ばたいていく
『シンビズム』としてその後押しができれば

『シンビズム』で築いた、学芸員のネットワークを今後どう生かしていきたいか、期待や可能性を最後にお話いただければと思います。

前田
学芸員は普段は館が持つ使命のもとに活動しています。たとえば自分たちは美術史のある部分をやっているということが理屈ではわかっていても、『シンビズム』でより大きな流れを体験したことは貴重で、通常業務に生かされると思うんです。その一方で、この数年間、『シンビズム』を行うために無理をして駆け抜けてきた部分もあって、まずはその振り返りをしなければと思います。今後、もしネットワークを続けていけるのなら、僕は、『シンビズム』で出会った皆さんがそれぞれの館で実施する展覧会やイベントがどのように企画され、どのように実現したかの背景を聞きたいですね。お互いの活動のこと、作家のこと、新しいことをやっている人たちのことを学び合う機会が定期的にあれば、その交流の中からそれぞれの館が持つ問題意識や美への想いを共有していかれるし、将来また違った流れを生み出せるように思うんです。

シンビズム前田忠史/東京、神奈川の文化複合施設を経て、2007年より茅野市民館・茅野市美術館に。茅野市美術館主任学芸員
『シンビズム4』では、安曇野/藤森照信(リーダー)、松澤宥を担当

宮下
私も振り返りが必要だと思います。まずは反省や課題を洗い出す機会を設けつつ、同時にそれぞれが所属する館においても『シンビズム』を昇華させて、より深い理解やつながりを生み出せたらと思います。そして長野県ゆかりの作家がこんなにいるのであれば、県単位でサポートできたらいいなと思います。

中嶋
『シンビズム』で取り上げた作家は65人、学芸員やバックアップしてくださった方を含めると100人以上ものブレーンが集まりました。本江さんの言葉を借りるなら「美的共同体」。それはつくろうと思ってできるものではありません。この4回を通して生まれたエネルギーはかけがえのないものです。そのエネルギーが次に生かせるようなことを少しずつでもいいから考えていきたい。今年は長野県立美術館もオープンしますし、全国から注目される機会になるでしょう。それをまた『シンビズム』の、「地方からもしっかり発信できるんだ」ということを示せる新たな出発点にしたいですね。若い現代作家は東京を目指す傾向がありましたが、コロナ禍では、そういう枠組みも考え直されていくかもしれません。長野県には美術の柱がしっかり立っているので、地方に目が向くようになるとしたら、長野県がその先駆けになればいいですね。

赤羽
私たちは『シンビズム』という石を投げて、その波紋は確実に広まったと自負しています。波の中にいると見えませんが、一歩引くと次に何をすればいいのかが見えてくるはず。2020年は新型コロナウイルス感染症のさまざまな影響を受けた歴史に残るような年になりましたし、2021年もそうなるでしょう。その中で私たちは展覧会のための作業をした。作家たちも嵐のような年を経て新たな作品を生みだして行くと思います。ポストコロナに向け、作家にとっては新しい表現、学芸員にとっては新しいやり方、作品の見方を探るきっかけになるはずです。

大竹
皆さん同じ意見だと思いますが『シンビズム』は素晴らしいネーミングになったと感じています。学芸員はみんなそれぞれ所属する館、自治体のために動くわけですが、『シンビズム』は長野県という広い地域の公共性が目的にありました。私たちは長野県の美術界のために何ができるのか、どうすれば振興することができるのかを考えて仕事をしました。ここまで『シンビズム』によって長野県の現代美術を系統立てて紹介することができた。一方で作家の皆さんにしてみれば、そういう視点で取り上げられることが大きな自信になるはずです。『シンビズム』に関わる学芸員が後押しをし、作家さんたちには自信をもって新たな舞台に羽ばたいていける、これからそういう仕組みをつくれればいいなと思っています。そして長野県の現代美術はとんがった先の美術でありながら、自然や風土をベースに表現している。そのことを語れるのは東京の学芸員ではなく、長野県の学芸員、僕らがやるべきなんです。

シンビズム大竹永明/松本市職員として教育委員会に計19年、うち松本市美術館学芸員を5年、文化財課に10年所属。2020年4月から東御市梅野記念絵画館館長に就任
『シンビズム4』では、安曇野/小松良和(リーダー)、藤森照信を担当
  • 『シンビズム』制作担当
    伊藤羊子さん(一般財団法人長野県文化振興事業団)
    シンビズム

    座談会で皆さんのお話を伺いながら『シンビズム』を振り返り、改めて思ったことがあります。それは新型コロナウイルス感染症というハードルがある中で展覧会を開催するために、この5年間があったのではないかということです。もちろん偶然そういう時代にめぐり会っただけですが、『シンビズム4』で紹介させていただく先生方は、1960、70年代の「反芸術」運動の潮流にさらされ、従来の絵画や彫刻のような表現を否定された時代に生きた方たちです。そういう苦しい時代をそれぞれの見識で乗り越えてきた、内なるものを見つめ直して独自の表現を生み出してきた作家さんたちがいらした。「ある日突然、価値観が一変した世界にどう向き合うか」これはまさに今、私たちが直面する世界と重なります。彼らの考え方、作品に私たちの生きるヒントがあるように思います。そのことを長野県の皆さんに熱意を持ってお伝えする使命のために、シンビストは集まっていたのかもしれません。そこに参加できたことは幸福でした。このような状況下ですが、一人でも多くの皆さんに足を運んでいただき、素晴らしい作品を体感いただけましたら幸いです。

  • 『シンビズム』運営アドバイザー
    石川利江さん(ISHIKAWA地域文化企画室代表)
    シンビズム

    これまでにも県によるネットワーク事業はいくつもあったと思うのですが、展覧会を立ち上げるという共同作業を通して、『シンビズム』ではネットワークが本当の意味での人間関係の構築に変化する様子を見られたことに私自身、非常に感激しています。本江さんが伝えたかったことは「学芸員がもっと自分の意見を発信していかなければいけない」「長野県は現代美術の作家が多いからもっと紹介する場をつくった方がいい」ということでした。それまで県内の公立美術館で現代美術の展覧会が開催される機会は非常に少なかった。芸術監督団の事業として始まりましたが、改めて長野県には個性あふれる美術館がたくさんあり、優秀な学芸員がいらっしゃることを知ることができました。そして彼らの力を見せていただいたことで、これから県内の美術館が、現代美術や現存作家の仕事を紹介していく契機につながるのではないかと期待しています。何らかの形でこの『シンビズム』を継続できる場を探したいと思います。

『シンビズム』の会議ではいつも、物静かに議論を見守りながら、少ない言葉で多くを伝え、冴えた気迫をもってシンビストたちをまとめあげる故・本江芸術監督の姿がありました。県内に多数の美術館・博物館を擁する長野県ですが、学芸員を何人も抱える大型美術館がある一方で、一人あるいは少人数で活動している小規模館も多く、そこには独特の課題があります。この状況をよく理解し、美術館にとっての学芸員の重要性と、学芸員にとってのネットワークや共同作業の重要性を唱えた、本江芸術監督による長野県芸術監督団事業『シンビズム』の取り組みは、シンビスト自身の手により着実に成果を積み重ねてきました。館や自治体、キャリアを超えて学び合い、長野県のなかで互いに力を合わせるネットワークを築く、という目的地が明確に示されていたからこそ、「長野県の現代美術」というテーマのもとでシンビストが一体感を育むことができたのだと思います。その様子を、本江監督はきっと頼もしく感じていらっしゃることでしょう。

5年にわたる展示の中で、現存する若手作家の発掘・紹介、そして遡るように「長野県の現代美術」の流れを見せる『シンビズム』展は、とても新鮮で興味深い企画となっています。現在開催中の上田市立美術館、そして8月に開催される安曇野市豊科近代美術館での『シンビズム4』は、これまでの集大成です。シンビストの共同作業による展示がどんな形になっているか、ぜひ会場に足を運び、直接その目で見て体験してください。そこで魅力を感じたら、シンビストたちが日常を送り、仕事をしているそれぞれの地域の美術館、県内各地をめぐっていただけると、長野県の多様な風土とともに一層深い楽しみを味わうことができるのではないかと思います。

『シンビズム』を通して、シンビストたちが高め合い、協働した経験は、それぞれが所属する美術館を、さらに魅力的な場としていくための貴重な財産になっていくと思います。シンビストたちが、長野県の美術館とアートシーンをさらに輝かせていくことを期待しています。

取材・文:いまいこういち(サイト・ディレクター)
撮影:大木文彦
取材協力:上田市立美術館

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