CULTURE.NAGANO長野県文化芸術情報発信サイト

特集

MIKUSA MEETINGー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち

MIKUSA MEETINGー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち

音楽家の佐藤公哉さんを中心に、各地の郷土芸能を取材し現代の音楽・舞踊として創作する「MIKUSA PROJECT」を展開する団体 Torus Vil.(松本市)が、ライヴ・パフォーマンス、ワークショプ、トークセッションからなるイベント「MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち」を信毎メディアガーデンで開催しました。その模様を、トークにも出演した文筆家の大石始さんにレポートしていただきます。

writer profile
写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち
大石始
1975年、東京生まれ。地域と風土をテーマとする文筆家。音楽雑誌編集部を経て、2007年よりフリーの文筆家としてさまざまな媒体で執筆。これまでの主な著書に『南洋のソングライン 幻の屋久島古謡を追って』(キルティブックス)、『盆踊りの戦後史』(筑摩書房)、『奥東京人に会いに行く』(晶文社)、『ニッポンのマツリズム』(アルテスパブリッシング)、『ニッポン大音頭時代』(河出書房新社)など。

2024年1月8日、松本市の信毎メディアガーデンで「MIKUSA MEETING 郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち」と題されたユニークなイベントが開催された。

このイベントは各地の郷土芸能をリサーチしながら、その成果をもとに新たな表現を生み出そうとするMIKUSA PROJECTの一環として行われた。中心を担っているのは松本市在住の音楽家・佐藤公哉さん。佐藤さんはこれまでに東北の三陸沿岸地域や長野県各地の郷土芸能の稽古に参加し、そこで得たものを土台にさまざまなオリジナル楽曲を制作してきた。

この日は佐藤さんを中心とするKIMIYA SATO MIKUSA BANDのライヴに加え、郷土芸能をモチーフとした鈴木彩華さんのダンスワークショップ、そして佐藤さんや筆者を含む5人のトークセッションが行われ、会場は100人以上の来場者で賑わった。郷土芸能と音楽とダンスを横断するその試みの先にあるものとは?地域の文化遺産を継承するだけでなく、そこから新たな表現の可能性を探る「MIKUSA MEETING」の模様をレポートしたい。


写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち鈴木彩華さんのダンス・ワークショップ

「MIKUSA MEETING」は大きく分けて3つのパートで構成されている。まず最初に行われたのが、ダンスアーティストである鈴木彩華さんのワークショップだ。

東京都出身の鈴木さんは2018(平成30)年に長野県へ移住。過去にはイギリスで高齢者や障害者などさまざまな人々も対象とするコミュニティーダンスを学び、TOKYO 2020パラリンピックの開閉会式にも出演している。人と人を結ぶダンスの力を探求してきたアーティストである。このプロジェクトでは佐藤さんと共に長野県南部の阿南町を訪れ、同地の郷土芸能である和合の念仏踊りのリサーチにも同行している。

今回のイベントに際しては、和合の念仏踊りのほか、岩手県の北上市を中心に盛んな鬼剣舞(おにけんばい)や岩泉町に伝わる中野七頭舞(なかのななづまい)などの身体の動きを参考に新しいダンスを創作。ワークショップでは参加者にそのダンスをレクチャーしていく。参加人数は17人。ダンスワークショップでこれだけの人数が参加するのは異例のことだという。年齢層も幅広く、それぞれに悪戦苦闘しながら振り付けを学んでいる。そのなかにはトークセッションにも参加することになっている二瓶野枝さん(ダンサー)の姿も。のちほど行われるKIMIYA SATO MIKUSA BANDのライヴではワークショップ参加者全員で踊るパートが予定されており、本番が実に楽しみだ。


続いて行われたのが、佐藤公哉さん率いるKIMIYA SATO MIKUSA BANDのライヴパフォーマンスだ。メンバーは佐藤公哉さん(ヴォーカル、パーカッション)、権頭真由さん(ピアノ、アコーディオン、コーラス)、荒井康太さん(ドラムス、太鼓)、水谷浩章さん(ベース)、辻村豪文さん(ギター、コーラス)、KUDO AIKOさん(ヴォーカル)という6人。KIMIYA SATO MIKUSA BANDにとっては松本都市部で初めてのパフォーマンスとなる。

写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたちKIMIYA SATO MIKUSA BANDのライヴパフォーマンス

ライブは新潟県の広い範囲で歌われている祝い唄「天神ばやし」をアレンジした「ダイコタネ」からスタート。佐藤さんは2015年に新潟で開催された「大地の芸術祭・越後妻有トリエンナーレ」に参加し、現地で歌われる「天神ばやし」に感銘を受けたところからこの曲に取り組むことになったのだという。KIMIYA SATO MIKUSA BANDのレパートリーは、そのように各地の郷土芸能や民謡が下敷きとなっているのが特徴だ。

八戸えんぶり(青森県八戸市)や中野七頭舞(岩手県岩泉町)に着目した「タテガミ」、金津流浦浜獅子躍(かなつりゅううらはまししおどり)にアプローチした「シシ」、中野七頭舞と大槌虎舞(岩手県沿岸の大槌町)から着想を得た「サザナミ」、和合の念仏踊りのリサーチをもとにした「ニワイリ」や「ヤットーセ」、長野県天龍村・大河内の霜月神楽をヒントにした「シモツキ」。どの楽曲にも郷土芸能のリズムやメロディーが取り入れられている。

だが、そうした郷土芸能の要素はピアノやギターの音色と渾然一体となっていて、独特の聴き心地が生み出されている。どこか懐かしいのに、今まで聴いたことのない音楽。そんな不思議な感触のある音楽だ。

最後に演奏されたのは「ウスラビ」。当日配布されたプログラムによると、「中野七頭舞のリズムをベースに、金津流浦浜獅子躍に寄せたような独自の太鼓のフレーズを軸としている」のだという。ここで鈴木彩華さんとワークショップ参加者の方々がダンサーとして登場。鬼剣舞や中野七頭舞の振りを元としたダンスが披露され、KIMIYA SATO MIKUSA BANDが奏でる音とひとつに溶け合う。数分の演舞が終わった瞬間、観客からは大きな拍手が巻き起こった。

写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち演奏とともに鈴木彩華さんとワークショップ参加者の方々が踊る

近年、日本の伝承歌や祭りにアプローチするミュージシャンが増えている。そこにはさまざまな理由があるだろう。土着的な文化に新鮮味や可能性を感じているバンドもいれば、混迷の時代にルーツ的なものを求める傾向もあるはずだ。郷土芸能を学び、新たなクリエイションのヒントとしているKIMIYA SATO MIKUSA BANDの試みは、リズムに重点を置いているという意味で他にあまり例が見られないものでもある。家づくりでいえば、近年増えているアプローチが外装や内装に伝統的なエッセンスを取り入れたものだとすれば、KIMIYA SATO MIKUSA BANDの試みは基礎工事の段階で伝統的なリズムや身体感覚を取り入れているようなものだ。

この日のライブもまた、郷土芸能におけるリズム面の豊かさを存分に楽しめるものとなった。一見複雑ではあるものの、聴き続けるうち身体に馴染んでいくリズムとメロディー。そこにもまた「どこか懐かしいのに、今まで聴いたことのない」感覚があった。

KIMIYA SATO MIKUSA BANDを率いる佐藤さんは、各地の芸能団体を訪ねる際、必ず自分でその芸能の振り付けを学び、太鼓を習うようにしている。地域で育まれてきたリズムやステップを自身の身体に覚え込ませるというプロセスを大事にしてきたのだ。そこからは「たくさんの人たちが守ってきた地域の文化遺産とどのように向き合うことができるのか」という佐藤さんの誠実なスタンスが見えてくる。

ただし、そこからのクリエイションは大胆で挑戦的だ。アレンジにおけるコードやリズムの組み立て方には、長年音楽家として活動してきた佐藤さんの知識とセンスが存分に発揮されている。また、佐藤さんが叩く両面太鼓は彼の自作楽器であり、ドラムの荒井さんも自作の締め太鼓をドラムセットに組み込んでいる。伝統を大事にしながら、そこに縛られない自由奔放さも併せ持つ佐藤さんたちだからこそ、懐かしくて新しいルーツミュージックを生み出すことができたのだろう。


写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたちトークセッション(左から佐藤公哉さん、小岩秀太郎さん、中山洋介さん、二瓶野枝さん、大石始さん)

ライブの興奮が冷めやらぬなか、第二部となるトークセッションがスタート。登壇者は全日本郷土芸能協会常務理事の小岩秀太郎さん、まつり芸能集団「田楽座」 の代表である中山洋介さん、振付家/コンテンポラリーダンサーの二瓶野枝さん、筆者である大石始(文筆家・選曲家)。司会はライブを終えたばかりの佐藤さんが務めた。

登壇者それぞれの活動を紹介していくなかで見えてきたのは、芸能に対する距離の違いだ。コンテンポラリーダンサーであると同時に、専門学校のよさこいソーラン部で顧問を務めたこともある二瓶さんはこう話す。

二瓶さん
「日本の芸能を踊ると、身体の中からほとばしるような感覚があるんですね。きた!きた!という。今までやってきたクラシックバレエとは心の動き方が全然違うんです。あと、日本の踊りは一緒に踊っている同士で目が合うんですよね。それがたまらなくて」

写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち二瓶野枝さん

その言葉に対し、司会役の佐藤さんもこう続ける。

佐藤さん
「ミュージシャンの立場からすると、郷土芸能というのは本当におもしろいんですよね。アイデアの宝庫で、これを活かさない手はないと思ったんです。音楽とダンスって別々のものとして捉えがちですけど、郷土芸能では渾然一体になっていて、そこもおもしろい」

二瓶さんと佐藤さんは現在長野県在住。ただし、県外からの移住者であり、郷土芸能に対してもコミュニティーの外部からその魅力を感じ取り、自身の表現に反映させてきた。筆者も東京出身・在住の立場から各地の郷土芸能や祭りの取材を重ねてきたわけで、その点では二瓶さんや佐藤さんと近いスタンスといえる。

写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち佐藤公哉さん

一方、小岩さんは岩手県一関市で生まれ、小学生のころから地元の郷土芸能である舞川鹿子躍を踊ってきた。郷土芸能の伝統の中に生きてきた小岩さんは「その地域に住む以上、やらなきゃいけないものという感じですよね」と話し、こう続ける。

小岩さん
「芸能を学ぶという作業は辛いことでもあるので、その芸能をどう見せるか、そういうことを考えるようになったのは大人になってからのことでした」

まつり芸能集団「田楽座」 の代表を務める中山洋介さんのスタンスもまた独特だ。「僕自身は芸能のある地域に育ったわけではなくて、大学時代、民俗舞踊のサークルに出会ったことをきっかけに田楽座に関わるようになりました」と話す。

中山さん
「佐藤さんがおっしゃったように、郷土芸能は音楽や踊りが独立して存在しているわけでなくて、地域の生活そのものであり、地域の人々にとっては義務みたいなところもある。でも、そのなかで継続してきた素晴らしさがあって、私たちは外部の人間としてそれを学ばせていただいているんです。そこでは表面的なものしか学べないかもしれないけど、その奥には人々の暮らしがあるわけです。『素敵ですね』『格好いいですね』で片付けられないものでもある」

  • 写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち阿南町和合の念仏踊りの稽古に参加した佐藤公哉さん
  • 写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち田楽座から天龍村大河内の霜月神楽の舞を教わるMIKUSA BANDの皆さん

暮らしの中で育まれてきた芸能をどのように学ぶことができるのか。その点もまたひとつの課題といえるだろう。佐藤さんは特定の地域を繰り返し訪ねることで、その芸能が持つ身体感覚を自身の身体に染み込ませ、その感覚から新たな表現を生み出そうとしている。「前例がないことなので大変でした」という佐藤さんたちの試みを、芸能者である小岩さんと中山さんはどう捉えたのだろうか。アーティストとのクリエイションに関わる機会も多い小岩さんはこう言う。

小岩さん
「中山さんがおっしゃるように芸能は暮らしから生まれたものならではの身体の動きや呼吸があるので、実際にその地域に住んでみないとわからないこともあるんじゃないかという疑念を持ちながら関わっていたんです。でも、佐藤さんたちはこれまでにレジデンスという形で三陸に来てもらいながら、生活に基づいた芸能を学び、そこから新たな表現を生み出している。素晴らしいことだと思います」

写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち小岩秀太郎さん

佐藤さんたちに霜月神楽のリズムと踊りをレクチャーしたこともある中山さんはこう話す。

中山さん
「(KIMIYA SATO MIKUSA BANDの演奏を聴くと)いとも簡単に(民俗芸能を)消化しているように聞こえますけど、そんなに簡単なことじゃないですよね。ミュージシャンはリズムの捉えからが違っていて驚きました。こうやって解釈して吸収しちゃうんだ、と」

写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち中山洋介さん

そうした「解釈」とは、先ほどKIMIYA SATO MIKUSA BANDのステージで披露された鈴木彩華さん考案のダンスにも見られるものだ。ワークショップ参加者と共にダンスを披露した二瓶さんは、その感想をこのように語る。

二瓶さん
「郷土芸能の踊りには身体に制限をかけるような動きがあって、そこが興味深いんですよ。たとえば、手を上のほうまで上げることができるのに、ある段階までしか上げないとか」

この感覚は各地の盆踊りを訪れるようになったとき、筆者が感じた感覚とも共通している。身体の動きを制限された振り付けを踊り続けることで、他の踊り手との一体感が生まれ、自分自身が解放されていく。こうした感覚はライヴハウスやクラブで自由に踊っているときには感じたことのない感覚だった。昨年12月、岩手県の田野畑村で大宮神楽のと囃子を習ってきた佐藤さんは、その際郷土芸能ならではの身体感覚を覚えたのだという。

佐藤さん
「大宮神楽のはめちゃくちゃ難しくて、舞うのが結構辛いんですよ。でも、舞い続けていると楽しくなってくる。しかも、なぜか翌日筋肉痛にならなかった。身体に無理のない動きということなんでしょうね」

そうした身体感覚を味わうこととは、その地域に生きてきた人々の感覚を追体験し、その感覚を育んできた土地の風土のなかに身を置くということでもあるだろう。

写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち2023年11月には阿南町・和合小学校でライヴ・パフォーマンスを行った

郷土芸能とは多種多様な人々が出会い、お互いのことを知る場でもある。小岩さんは「一年に一回、協力し合ってやることに意味があると思うんですね。そのことによって農作業がうまくいくこともあっただろうし、今も意味があると思うんですよ」とも話す。今回のMIKUSA MEETINGもまた、そうした出会いの機会・場であったことは言うまでもない。民俗芸能/ダンス/音楽と関心を持つ分野は異なれど、踊ること・音を楽しむことという共通点さえあれば、今回のように同じ場を共有することができるのだ。

MIKUSA PROJECTは明確なゴールが設定されているわけではない。模索のプロセスそのものを見せながら、参加者の協働を促すものでもあるはずだ。サブタイトルにある「わたしたちが手繰る温故知新のかたち」とはどのようなものだろうか。「その答えを共に考えていきましょう」という投げかけでもあるはずだ。トークセッションに参加した者のひとりとして、私も考えていきたいと思う。

写真:MIKUSA MEETING ー郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち

「MIKUSA MEETING ー 郷土芸能とクリエイション/わたしたちが手繰る温故知新のかたち ー」
2024年1月8日(月祝) 会場:信毎メディアガーデン
主催:信毎メディアガーデン、Torus Vil.
支援:信州アーツカウンシル(一般財団法人長野県文化振興事業団) 令和5年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業

特集

カテゴリー選択

カテゴリーを選択すると、次回以降このサイトを訪れた際に、トップページでは選択したカテゴリーのイベント情報が表示されるようになります。
選択を解除したい場合は「全て」を選択し直してください。