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~アートを身近に 暮らしをゆたかに 様々な人が文化を創り 支え合う~信州アーツカウンシルのこれまでとこれから

~アートを身近に 暮らしをゆたかに 様々な人が文化を創り 支え合う~信州アーツカウンシルのこれまでとこれから

2022年、長野県内の地域・県民主体の文化芸術活動を支援する中間支援組織として設立した「信州アーツカウンシル」。さまざまな文化芸術の担い手の活動に寄り添いながら支援し、地域とアートをさまざまな角度でつなぐ取り組みを行ってきました。

設立から3年。助成事業や自主事業を通じて数多くの出会いが生まれ、そして文化芸術の視点から地域の課題や可能性が浮かび上がってきました。これまでを振り返りながら、活動の中で見えてきたこと、これからの展望について、専門スタッフの皆さんに語っていただきました。

写真:

【信州アーツカウンシル】
(左から時計回り)アーツカウンシル長・津村卓、ゼネラルコーディネーター・野村政之、チーフコーディネーター・伊藤羊子、県伊那文化会館・藤澤智徳(昨年度までコーディネーター)、コーディネーター・佐久間圭子、同・早川綾音、同・清水康平

地域の文化芸術活動の担い手とともに、3年間の活動を報告した「パレード」

信州アーツカウンシルが行っているのは、地域の文化芸術活動の担い手の支援です。単に助成金を出すという資金面だけではなく、団体が活動拠点とする地域を訪れ、活動の周辺にある環境や課題をリサーチしながら、時には助言し、時には寄り添い、伴走してきました。
その活動成果を広く知ってもらおうと、地域の文化芸術活動の担い手の人たちとともに、昨年度は「信州アーツカウンシル 2024 パレード〜ともにつくるムーブメント」と題したイベントを1年通じて県内各地で開催しました。

  • 写真:「はじまりの交流会」(2024.6.14 長野県伊那文化会館)
  • 写真:「はじまりの交流会」いいだ人形劇センターのWS
  • 写真:オープンカウンシル!「アドバイザリーボード拡大会議」(2024.8.23 茅野市民館)
  • 写真:わかち座+鈴木ユキオ「風景とともに」パフォーマンス(2024.11.2 サントミューゼ)

「パレード」はとても意欲的な取り組みでしたね。

野村
私は信州アーツカウンシルの立ち上げ準備から関わってきたのですが、その段階から「3年くらいで何か形を見たい」と言われていたので、3年経ったときに、どう見えているのがいいかを考えていました。その中で、支援している団体の活動を紹介して、県民の皆さんが直接参加できるような場を設けて、それを記録に残せばいいんじゃないかな、と。 あと、我々が何をしているのかを知ってもらうためには、自分たちで何かを主催しないといけないと考えた部分もありましたね。助成している団体がメディアに掲載されても、私たちのことはなかなか知ってもらえないので。
県内各地を巡回する必要もあったので、「パレード」という名の事業になりました。

写真:野村政之さん

藤澤
支援する・支援されるという関係ではなくて、一緒につくるということにも大きな意味があったと思います。

早川
私は昨年4月に信州アーツカウンシルに入って、1年かけて「パレード」にも取り組んできました。おかげで、入る前の2年も含め、3年間の軌跡を知ることができました。

写真:早川綾音さん

文化芸術活動に積極的に関わっている人が、県内各地にたくさんいる

「パレード」も含めこれまでを振り返っていかがですか?

野村
アーツカウンシルの活動の指標として、支援する団体数や応募数の目標値があるんですが、初年度から、次の年の目標値を上回るということが続いています。文化芸術活動をやりたい、という自発的な思いを持った人が想定していた以上にたくさんいて、関わってくれた。そして関わってくれる人が増えていった3年間だったと思います。

佐久間
とにかく県内たくさん移動しましたね(笑)。信州アーツカウンシルの説明の中には、「長野県の自然豊かな風土」という文言があるんですが、各地に足を運ぶ道中の景色を見ながら、山、谷、川といった地形によって人々の暮らしや地域の文化がつくられていることを実感しました。

写真:佐久間圭子さん

藤澤
文化芸術というと、“都会から来たありがたいもの”みたいな崇高なイメージが何となくあるように思いますが、アーツカウンシルで3年を過ごして、自分たちが担い手にもなるような身近なものだとあらためて感じました。

清水さんは今年度、異動されたばかりでまだ間もないとは思いますが、どうですか?

清水
私は6年間、ホクト文化ホールや県伊那文化会館で企画制作や貸館、広報業務を行っていました。これまでは館を中心に、地域のハブとしての役割を担ってきた面もありましたが、ここで本当にさまざまな地域のさまざまな団体の方々と接して、自分はまだまだ勉強不足だと感じています。助成団体だけではなく、まだ信州アーツカウンシルにリーチしていない方々も大勢いると思うので、これからさらに面白くなっていきそうな期待感も持っています。

写真:清水康平さん

“よく分からない存在”から協働する存在へ

清水さんは同じ長野県文化振興事業団内にいたわけですが、信州アーツカウンシルの印象は?

清水
ちょっと性質が違うというか…正直に言うと「訳が分からなかった」というか(笑)。伊那にいた頃は、いろいろな現場にアーツカウンシルの人がいたので、どういう動き方をしているのかなと不思議に思っていました。

藤澤
私はちょうど清水さんと入れ替わりで、今は伊那文化会館にいますが、職員の方からアーツカウンシルのことを聞かれることも多いです。館やホールの業務は、比較的イメージしやすいですが、アーツカウンシルは難しいんでしょうね。立ち上げから3年経って、館との間で職員が異動するのは今回が初めてです。これから交流を重ねていけば、事業団内での認知度も上がると思います。

写真:藤澤智徳さん

伊藤
私も長年、県立歴史館や旧長野県信濃美術館などで企画を担当してきて、現場にいたからこそ思うのですが、規模やスタッフの数で仕事の幅が全然違います。県内の美術館では、学芸員1人と職員1人という館もあれば、何年も先の展覧会に向けて準備を進めなければいけない館もあります。大きな展覧会を企画するとなると、入場者数などさまざまなプレッシャーがあり、“良いものを見てもらいたい”という純粋な思いだけでは難しくなりますが、意識が館の中だけに向き過ぎると、外が見えづらくなってしまう。…と、今はアーツカウンシルにいるから客観的にそう思えるんですが、私もずっと中にいたら、バランスが取れずに苦しんでいたかもしれません。小中学校への出張講座や対話鑑賞など、試行錯誤しながら連携事業に取り組んでいる施設もありますが、広く認知されているとは言えません。なかなか一筋縄ではいかないですね。

藤澤
昨年、事業団の5カ年行動指針(2024~2028)が策定されました。その前の5カ年では第一に「質の高い芸術鑑賞機会の提供」という意味合いの言葉が入っていたんですが、今回はそれが消えて、「地域社会の課題解決」「地域に根差した活動の活性化」という言葉が入ってきました。これは結構大きな転換点です。地域の担い手を支援するというアーツカウンシルの活動を、管理運営している施設でも共有していくことができれば、事業団のためにもなるし、地域の皆さんのためにもなる活動に展開していけるのではないでしょうか。

伊藤
藤澤さんと清水さんが入れ替わったことを機に、事業団の各施設の“中の人”にも、アーツカウンシルの活動が伝わっていく。それによって互いに協力して、地域の文化芸術活動の発展に向けて尽力できる。まだまだこれからですが、良い循環になっていけばと思います。

写真:伊藤羊子さん

活動している人同士が良い関係を築ける出会いをつくる

アーツカウンシルの役割については、どのように考えていますか?

藤澤
長野県は広くて、地域によって特性も異なりますが、各地で活動している人たちは、なかなか交わる場がありません。お互いに何をやっているのかを知ることができる場として、交流イベントや勉強会など、結節点を作っていくことは、役割の一つだと思います。

早川
私たちはコーディネーターなので、何をしているのか、これからどうして行きたいのかという話を聞く立場です。その一方で、単純にその団体のファンにもなる。とても近いところで、一緒にやりたいもの、見たいもの、その未来を見据える部外者みたいな感じです。だからこそできることもたくさんあると思っています。

写真:

伊藤
私は以前の長野県芸術監督団事業から「シンビズム」の制作にも携わってきました。そのときに、とても印象に残っていることがあって。「シンビズム」を始めるときに、県内を4地区に分けたチームのリーダーの一人で、小海町高原美術館学芸員の中嶋実さんが、「一人じゃないんだ」って可愛らしく言ったんです。そのときに、一生懸命やっていることや頑張っていることを、「ちゃんと見ているよ」「すごいことやっているね!」と伝えなきゃいけないと思いました。一番の応援団という立ち位置で、言い続けていきたいです。

『シンビズム』~高め合い、協働する学芸員のネットワークが長野県の美術館とアートシーンを輝かせる~
『シンビズム』~高め合い、協働する学芸員のネットワークが長野県の美術館とアートシーンを輝かせる~
県内ミュージアムのネットワーク化を促進することで、作家への全県的な支援や、多彩で豊かな情報提供をめざした取り組み。

野村
「一人じゃないよ」というのはすごく大事ですね。地域の中で文化芸術活動をしている人は、孤立していたり、孤独を抱えていたりすることが結構あります。周りから「何、遊んでるの?」と言われて、「余計なことやっている暇があったら仕事しな?」みたいな雰囲気が人の心の余裕を奪っていく。孤独を耐え忍んで、ポジティブなアクションとして文化芸術活動を続けている人に、私たちは伴走して、支援しています。
それと同時に、発見されていない場合もあります。助成事業はリサーチでもあると言われるんですが、公募することで県内各地でさまざまな団体が活動していることが見えるようになる。そして私たちが現場に足を運んで、地域の状況を実際に見て理解を深めていきたいと思います。

研究者、調査リサーチャーという役割ですね。

野村
この前、個人的に見ておこうと思って行った、夏のスキー場を使ったイベントで、知り合いと鉢合わせて「文化人類学者か!」って言われたんですけど(笑)、そう言われるのは嬉しいですね。
「パレード」の中でも「文化のソーシャルワーカー」という視点で座談会を行いましたが、「この人とこの人をつなげたら、お互い良さそうだ」と感じたら紹介する。良い出会いになれば、自然とコラボが生まれるので、接点を作っていく感じです。

津村
「パレード」で面白いと思ったのはまさにそれです。普段なかなか出会わないようなアーティスト同士が、仲良く話していて、マイクリレーで「今度、この人とコラボします!」って発表する。お見合いの世話人じゃないですけど、こちらが何もしていないのに「いつの間にそんなに仲良くなったの?」と驚きました。

写真:津村卓さん

現場にいるから見えること、気付くこと

これまでで、特に印象に残っている出来事はありますか?

佐久間
普段は障がいのある方と芸術活動を行う「TIME WARP」を運営している助成団体の「WHITE CANVAS」で開いた、土で作った絵の具を使って絵を描くワークショップです。絵や字を描くのがすごく好きな方がいて、「無」という漢字を3年間ずっと描き続けていたそうなんですが、土の絵の具を手にしたら、急に「有」という漢字を書き始めた。どうしてなのか、本人も説明がうまくできなくて、それを「WHITE CANVAS」の皆さんがどう言葉にしようか悩んでいた姿も含めて、印象に残っています。
昨年の「北アルプス国際芸術祭2024を障がいのある方と巡るモニターツアーレポート」も印象的でした。野外をステージにした芸術祭では、作品がある会場へ至るまでの道も、ある意味ワクワク感を醸成する装置みたいなものだと思っていたんですが、例えば車椅子を使う方であれば、そうはいかない。そういった気付きを得ました。

早川
私もモニターツアーは印象に残っています。自然の中で行われる芸術祭のアクセシビリティはある種、諦めるしかないみたいに思っていたのですが、参加者からすれば、単純に「見たい」だけなんですよね。見たい人に見てもらえるようにするにはどうすればいいかというシンプルな話で、それを考えて実現することの重要性を感じました。

藤澤
私は2021年から「NAGANO ORGANIC AIR」(NOA)に携わってきたのですが、初年度、劇作家で俳優の山田百次さんが阿南町新野に滞在して、「新野の盆踊り」を題材にした短編演劇を制作しました。4年間で3回上演したのですが、その間に、関わった皆さんも年齢を重ねて立場や環境も変化がありました。出演者のお一人がご結婚されたんですが、物語の中でもそういう役どころで、自分に重ねて話してくれたことがあって、「人生の一部になっているんだな」と思ってジーンときました。
あと、NOAでは、昨年小谷村に滞在した、フロリアン・ガデンさんが、森をリサーチ中にマムシに噛まれてしまうという事件があって、その経験を作品化してくれたのも印象に残っています(笑)。

アートを通して見えてくる、多面的な地域の魅力『NAGANO ORGANIC AIR』
アートを通して見えてくる、多面的な地域の魅力『NAGANO ORGANIC AIR』
ORGANIC(有機的)をキーワードに、アーティストとホスト(受入者)が地域で協働し、「アート」と「長野県」がもつ可能性や魅力を掘り起こし、発展させていくプロジェクト。

歩きたい道は文化でしか作れない

今後については?

清水
支援を受けながら芸術文化活動をすることに対して、抵抗を感じなくなってもらえればいいなと思います。自分たちの表現が、公益性を伴っていると思えば、違和感を抱くことも減るかもしれない。私たちはその第一歩となるような組織でありたいと思います。

早川
1年間やってきて、コーディネーターとしてやっと寄り添い方が見えてきたという段階です。これからも真摯に向き合い続けたいです。

佐久間
今年度、助成事業の対象は50団体あるので、寄り添い方を工夫する必要があると話しています。無理に私たちだけが頑張るのではなく、これまでの活動で生まれたつながりを活かす形で、皆で支え合うことで解決していきたい。誤解を恐れず言えば、頑張りすぎず楽しめる余裕を持つことが、継続のためには大事だと考えているので、その下地を作る意識をしていきたいです。

写真:

野村
「アート×気候変動」の視点から取り組んでいる「Shinshu Arts-Climate Camp」などが好例ですが、地域社会の日常と、文化芸術の接点はさまざまなところにあります。3年間で、「◯◯×文化芸術」をある程度可視化できてきたので継続していきたい。今、一番課題だと思っているのが、高齢化と人口減少です。それで、3月1日に開催した「祭り芸能の担い手座談会」なども企画しています。
先ほどの佐久間さんの話ともつながりますが、県内に、さまざまな知識やスキル、豊富な経験を持った人たちがたくさんいるので、そういった方々とも協力して、要はレスキューできるネットワークができれば理想的です。

伝統文化がつなぐ新たな関係・世代・地域 〜 祭り芸能の担い手座談会【開催レポート】
伝統文化がつなぐ新たな関係・世代・地域 〜 祭り芸能の担い手座談会【開催レポート】
県内の多彩な伝統芸能の継承に向けた取り組みを進める担い手の皆さんを迎え、事例を共有しながら意見を交わした様子をレポート。

津村
私がここ数年、ますます強く思っているのは、「歩きやすい道は技術とお金で作れるが、歩きたい道は文化でしか作れない」ということ。歩きたい道は、地域の中で作っていくことが重要で、その街に行ってみたいとか、住んでみたいというのは、文化でしか作れません。
いま全国で“地域”にスポットが当たるようになってきたと感じています。これは長野県の事例がベースにあるのではないかと自負しているのですが、これをこの先、県だけではなく他の市町村でもどうやって受け入れ、そして進めていけるか。アーティストや担い手の支援以外にも、アーツカウンシルとして何ができるかが重要な数年間になると考えています。

野村
最近は市町村からの相談も増えてきています。人口減少社会の中で、公立の文化施設の運営や文化事業を、今までのまま継続していいのか、できるのか。人やお金の見通しの課題があります。文化施設や文化事業のなかには、市町村よりも広いエリアから人を集める企画もありますし、その地域の文化芸術の拠点としての役割もある。それをどう維持していくのか、そのためにはどんなサポートが必要なのかを本腰を入れて検討しなければならない時期にきています。

津村
先に藤澤さんの話にありましたが、事業団の5カ年行動指針で、「質の高い芸術鑑賞機会の提供」が消えて、「地域の持続可能性」「地域に根差した活動の支援」という言葉が入ってきたというのは、時代の変化ですよね。
アーツカウンシルを含めた県文化振興事業団として、行政とも連携しながら、地域の文化芸術活動の担い手と共に長野県の豊かさを発信できるような環境を整えていくことが、次のフェーズだと思います。

写真:

取材・文:山口敦子(タナカラ)
撮影:平松マキ

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