思いをつなぎ、地域を育てる 伊那谷財団が描く持続可能なふるさとの姿
伊那谷財団は、KOA株式会社(旧・興亜株式会社)の向山孝一会長が創設した財団です。前身となる「伊那谷地域社会システム研究所」の時代から数えると、活動は30年に及びます。これまでに、延べ259団体に総額1億6,828万円の助成を行ってきました。その分野は、「教育」「伝統文化」をはじめ、「水」「エネルギー」「環境保全」「農業」「生物多様性保全・再生」「福祉」と多岐にわたります。
さらに、財団の事業は「資金的助成」にとどまらず、産学官民の協働や共創を促す「コーディネート」、そして生み出されたモデルの効果を検証・分析し、国内外に発信する「体系化・広報」も担います。その活動は、伊那谷が抱える課題に向き合いながら、持続可能な社会のモデルを一つひとつ形にしてきた、地域づくりそのものです。
ここ数年で、新たなフェーズへ踏み出した財団のこれまでとこれからを、伊那谷財団事務局長の桒原直美さん、常務理事で株式会社やまとわ代表取締役の中村博さん、理事で「三風の会」担当の氏原睦子さんに伺いました。
向山孝一会長が掲げた「循環・有限・調和・豊かさ」
KOAは、向山孝一会長の父である向山一人(かずと)氏が、伊那谷に雇用を生み出し、ふるさとを再生することを志して立ち上げた会社です。事業を引き継いだ1977(昭和52)年は、世界人口の増加や工業化の進展が、地球環境に深刻な影響を及ぼし始めた時代でした。向山会長は当時を振り返り、「このままでは地球が立ち行かなくなるのではないか」という強い危機感を抱いていたと語っています。
KOAが理念として掲げるのは、「循環・有限・調和・豊かさ」という4つの価値観です。向山会長は、人類がこれまで「拡大・無限・征服・利便性」=「左巻きの思想」に支えられてきた一方で、そのあり方はすでに臨界点を迎えていると捉えてきました。だからこそ、「循環・有限・調和・豊かさ」=「右巻きの思想」へと転換し、人々の意識変容を促す必要があると考えたとのこと。向山会長自らが「臨界点」と図に記したのは1987(昭和62)年、日本はバブル経済真っただ中の時代でした。
向山会長が図に記した「臨界点」桒原さん
「財団は、『右巻きの思想』への意識と行動の変容を促す場づくりに取り組んでいます。 地域が豊かになるために何ができるのかを問い続け、新たなつながりを生み出し、その関係性から次の実践が立ち上がっていく。そうした連鎖的な循環を育んでいくことが、私たちの役割です」
伊那谷財団事務局長の桒原直美さん伊那谷財団の基盤を支えているのは、KOAからの寄付の運用益と、創業家がKOAの株式を寄付し、その配当金を原資とした助成の仕組みです。財団は設立以来、地域の文化、教育、環境、福祉など、幅広い分野で活動する団体を支援してきました。助成先は書類選考および面談を経て理事会で決定されます。その際に最も重視されるのは、「財団の理念と活動の方向性がどれだけ重なっているか」という点です。
2020(令和2)年に示された財団の趣意書では、KOAが企業経営(文明)の舞台で、財団が地域社会(文化)の舞台で、「循環・有限・調和・豊かさ」という4つの価値観を体現していくことを掲げました。両者がそれぞれの領域で取り組みを重ねながら、豊かな伊那谷の未来を継承していくための仕組みづくりと人材育成を推進していくことを宣言しています。同時に、特徴的なモデルとなる活動を牽引してきた人々が理事として参画し、財団は第2のステージへと歩みを進めました。
地域の未来を形にする取り組み-特徴的な事業モデル
財団が理念のもとで大切に育んできた、特徴的な事業モデルとして、4つのプロジェクトを紹介します。
KOA森林塾・やまとわ
「KOA森林塾」は1994(平成6)年、民間初の木こり育成講座としてスタートしました。1年を通じて、季節ごとの山仕事を体験・習得できる講座は、当時としては全国的にも類を見ないものでした。森林塾は約20年活動を続け、延べ約1000人が森と共に生きる術を学び、山づくり、森づくりの担い手として巣立っていきました。運営に携わり、自身も卒業生である中村さんは、当時の状況を振り返ります。
中村さん
「日本の人工林は戦後の拡大造林政策によって大規模に植林されましたが、経済の変容により山は『負の遺産』とも呼ばれるようになりました。しかし山は、空気・水・生態系といった恵みを私たちに与え続けてくれる存在です。『森林塾』は、手が入らず機能不全に陥っている日本の人工林を改善したいという思いから出発しています」
伊那谷財団常務理事・株式会社やまとわ代表取締役の中村博さん森林塾の卒業生が、全国にその“種”を運んで、それぞれの地域でNPOや森林ボランティアといった活動が生まれていきました。中村さんが2016(平成28)年に設立した「やまとわ」もその中の一つ。地域の森林資源を使って、森と暮らしを再びつないでいくことを目指して立ち上げました。意識しているのは、「山や森の価値を、人が興味を持ってもらえるような形」に変えていくこと。地域で育つ木々を活用したものづくりや、伊那谷らしい暮らしの提案、森の価値を再発見・再編集する「フォレストカレッジ」といった学びの場などを手がけています。
中村さん
「『こういう世の中になったらいいな』という思いは誰もが持っているじゃないですか。だからといって世の中が簡単にそうなるわけではないけれど、同じように思う人が増えて、それをつないでいったら、実現するということはあると信じています。
私は、向山さんの考え方に強く共感していて、同じ価値観の中に自分の身も置きたいという気持ちです。この伊那谷の暮らしが続いて、つながっていく未来。目指すべき未来が一緒だからこそ、ここまで続けてこられたし、これからもそうありたいです」
(写真提供:伊那谷財団)
やまとわ(写真提供:伊那谷財団)
三風の会
「三風の会」は、伊那谷の「風景」「風土」「風格」という3つの「風」の価値を再考し、100年、1000年先の子どもたちに残し、つなげていくためのプロジェクトです。その強い思いから向山会長が始めたのは、景観を損なう屋外広告物(看板)をなくす取り組みです。民間企業が率先して景観づくりに動き、行政を巻き込んでいくというアプローチは、国内でも極めて先進的なものでした。ただ、自治体ごとに景観条例がある中で、同会の基準とすり合わせていく作業は、想像以上に困難だったといいます。始めた当初は意気軒昂でも、思うように進まず気持ちが折れそうになることもありました。それでも氏原さんは、自ら看板会社に足を運ぶ向山会長の姿を見て、頭が下がる想いでした。
氏原さん
「雨の中、小さな会社を訪ねて、軒先で丁寧に説明する会長を見て、本気を感じ取りました。私も腹をくくろう、と決心しました」
伊那谷財団理事・「三風の会」担当の氏原睦子さん2012(平成24)年に三風の会が発足。上伊那の8市町村と、約50社が参加する長野県経営者協会上伊那支部、信州大学、そして地域住民も加わり、活動を推進しています。参加する企業各社には、自ら掲出している看板の見直しを依頼。すると、老朽化した看板や不要な看板を外すことから始めてくれました。ちなみに、KOAはそもそも看板がなく、「人がきちんとお迎えして案内するべき。それが真の意味でのコミュニケーション」と捉えていたそうです。
氏原さん
「美しいとか、美しくないとかは、価値観の問題なので、それだと判断ができません。そこで産学官が連携して伊那谷の風土と調和する、伊那谷らしいデザインの在り方を体系化しました。そして生まれたのが『伊那谷ブラウン』です。これを基調とした看板のデザインルールを公開し、看板改善に伴う経費の一部を補助する制度も設けています」
「伊那谷ブラウン」を基調とした看板(写真提供:伊那谷財団)
(写真提供:伊那谷財団)
4年前からは「守りたい風景とは何か」を地域全体で考える風景シンポジウムを開催。「好きな風景」「伊那谷らしい風景」の写真を募集し、紹介するだけではなく、財団の評議員でもある信州大学農学部上原研究室に分析を依頼し、「伊那谷らしさ」を紐解こうとしています。
氏原さん
「伊那谷らしい風景とは何か、そしてその先は、風景をつくっている棚田や水鏡を守っている人々、農業のことや兼業農家のことも考えていきたいです」
郷土愛プロジェクト
「郷土愛プロジェクト」は、残すべきふるさとの叡智を伝える、産学官協働による次世代人材育成の場として、2014(平成26)年に設立されました。「キャリア教育産学官交流会」や、小中学校、高校へ地元の企業を招いてキャリア教育を行う「キャリアフェス」など、多様な事業を実施。8市町村の産学官組織による、従来の枠組みを超えた協働は珍しく、2024(令和6)年には「第12回キャリア教育優良教育委員会、学校およびPTA団体等文部科学大臣表彰」を受賞しました。
桒原さん
「高校を卒業すると、進学などをきっかけに伊那谷から都会へ出ていく人が多く、若い世代が減っていく現状があります。そもそも子どもたちは、地元の企業を知らないんですよね。そこで、地域の子どもたちと地元の企業をマッチングしようと、取り組みを始めました。知ってもらうだけではなくて、そこで働いている大人たちがどんな気持ちで、何を目指して働いているのか、という大人の生き様を学んでもらうことを大事にしています。」
例えば伊那市で全中学2年生を対象に行っている「キャリアフェス」では、市内6つの中学校から実行委員を担当する生徒を2人ずつ選出。12人の生徒実行委員が、大人の実行委員と一緒に企画・準備・運営を担当します。当日は地元の企業や団体がブースを出展。参加した生徒らはブースを巡り、大人と語り合うことで、自身のキャリア、生き方について考えます。
中村さん
「中学生くらいだと、『大人ってつまらなそう』『いつも愚痴ばかり言っている』と思っていることも多い(笑)。表面上はそう見えていても、実際は違うこともあるんですが、なかなかそれを話す機会もないので、そういう場があったらいいなと思いませんか。 文化祭の拡大バージョンのような感じですが、違う中学校の生徒や大人も巻き込むというのは刺激を受けるし、学校で学んだことを生かす力をつけることにもなります」
以前、実行委員として参加した中学生が、県外の大学に進学した後、「キャリアフェス」のことを覚えていて、Uターン就職したという事例もあるとのこと。中学生時代に、主体的にさまざまな人たちと関わることで、社会を動かすことができたという経験は、自信につながるのかもしれません。
(写真提供:伊那谷財団)
(写真提供:伊那谷財団)
リサイクルシステム研究会
伊那谷財団が展開してきた事業の原型、その源流は、KOAを含む地元企業による環境への問題意識と、地域を起点にした実践の積み重ねにあります。1990(平成2)年、KOAを含む伊那谷の地元企業7社は、「産業廃棄物研究会」を発足させました。企業活動の裏側で生じる産業廃棄物の実態を自ら調査し、地域としてどのように向き合うべきかを考えることが、その出発点でした。
調査を進める中で、廃棄物処理会社もメンバーに加わり、議論は「処理」から「循環」へと発展していきます。こうした流れを受け、研究会は「リサイクルシステム研究会」へと名称を改め、資源を地域の中で循環させる具体的な仕組みづくりに取り組むようになりました。その象徴的な取り組みが、回収した古紙を原料の一部として再生したコピー用紙を、地域の企業や団体が共同で購入・利用する「INAコピー用紙循環システム」。今では当たり前の紙の再利用ですが、当時としては画期的な取り組みでした。環境負荷の低減と企業の主体的な関与を両立させたこの仕組みは、後の財団事業に通じる「循環」を実装するモデルとなりました。
また、環境保全への意識を地域全体で高めていくため、天竜川水系の水質調査や清掃活動を行う「天竜川水系ピクニック」を継続的に実施してきました。自然の中に身を置き、実際に調べ、行動するというこの取り組みは、環境を「自分ごと」として捉える場を生み出してきました。2001(平成13)年からは「夏休み親子で水質調査」を開始し、会員企業の社員の子どもたちが、夏休みの自由研究を兼ねて参加しています。次世代へと問題意識と学びを手渡していくこの実践は、後の人材育成や場づくりの思想にもつながっています。
さらに2024(令和6)年からは、長野県・上伊那広域連合・長野県経営者協会・リサイクルシステム研究会が共同事務局を務める「上伊那ゼロカーボンプラットフォーム」を設立し、1社だけではなし得ないゼロカーボンについて、地域と一体となった活動にするべく、イベント開催を行ってきました。産業の発展と自然環境の共生をいかに実現するかという問いを、立場を超えて考えるこの場もまた、財団が重視してきた「関係性から実践を生み出す」アプローチの原点と言えます。
これらの取り組みは、単なる環境活動にとどまらず、企業・行政・市民が関わり合いながら、地域に新たな循環を生み出していく実践でした。その思想と方法論は、後に設立された伊那谷財団の事業へと受け継がれ、現在の「意識と行動の変容を促す場づくり」という取り組みの礎となっています。
中村さん
「財団は、地域循環を生み出すモデルづくりを続けてきました。たくさんのモデルができて、それに磁石のように引き付けられて、活動を共にする人が増えていきました。私もその中の一人。私は森のことをやっていますが、風景のことをやっている人もいれば、教育のことをやっている人もいる。こうして広がっていったのは、財団の思想、信念がぶれていなかったからだと思います」
リサイクルシステム研究会(写真提供:伊那谷財団)理念を受け継ぎ、人がつなぐ伊那谷の未来
財団では毎年、活動報告会を開催。助成先の個人や団体の皆さんが登壇して、活動内容を紹介します。
桒原さん
「以前は助成事業を担う団体の方が中心だったんですが、3年ほど前からは助成先に限らず、財団の運営をする中でご縁が繋がった個人や事業者の皆さんにもお声がけをしています。さまざまな人とつながることで、新しいチャレンジが生まれるのではないかと期待しています」
2025(令和7)年8月に行われた「令和6年度活動報告会」では、前年度の助成先と、新設した意識向上事業支援先の中から10団体が報告を行いました。意識向上事業は、資金的な支援にとどまらず、産官学民の多様な主体との連携を通じて、社会全体の意識変容を促進するための戦略的な取り組みとして、助成事業を補完し、より広域な社会インパクトを創出することを目的にしています。
令和6年度活動報告会
あいさつする向山孝一会長
桒原さん
「この数年、思いを共有できる仲間と次々につながっていくような、確かな追い風を感じています。伊那谷にとどまらず、日本各地、さらには世界にも『右巻きの思想』に共感してくれる人がいる。この方向は間違っていなかったのだという確信とともに、さまざまなことが動き出している実感があります」
氏原さん
「今でこそ当たり前と思えるようなことを、向山会長は40年も前から、ブレずにやってきた。大きな旗を振ってくれているから、私たちは迷わず進むことができました。この先も、ブレずにいられる財団を、皆で作っていくことが大事だと思います」
これまで積み重ねてきた経験や人のつながりを生かしながら、次世代の地域の担い手を育てる。伊那谷という地域から生まれたその取り組みは、同じ思いを持つ人々を引き寄せながら、全国、そして世界へとその輪を広げています。
取材・文:山口敦子(タナカラ)
撮影:古厩志帆
(写真提供:伊那谷財団)
やまとわ(写真提供:伊那谷財団)
「伊那谷ブラウン」を基調とした看板(写真提供:伊那谷財団)
(写真提供:伊那谷財団)
(写真提供:伊那谷財団)
(写真提供:伊那谷財団)
令和6年度活動報告会
あいさつする向山孝一会長









