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誰もが自分の手で創り、遊べるアトリエ 麻倉Arts&Crafts

誰もが自分の手で創り、遊べるアトリエ 麻倉Arts&Crafts

大町市にある「麻倉 Arts&Crafts」は、誰もが気軽に立ち寄れる、アートやクラフトに触れることができる場所です。2階建ての立派な蔵は江戸末期に建てられたと言われ、かつて麻を保管していたことから「麻倉」という名前が付けられました。

1階はギャラリーショップ、2階は企画展をはじめ、マルシェや演劇、ライブなども行う“自由な屋根裏空間”。多彩なイベントを展開するだけではなく、「美術部」も定期的に活動しています。運営メンバーとして、こうした“場”を育てている渡部泰輔さんと朱美さんに、さまざまな人が集い、種々雑多な空間に彩られる麻倉についてお話を伺いました。

写真:麻倉 Arts&Crafts江戸末期に建てられたという「麻倉 Arts&Crafts」。入り口では“森の精霊”が出迎える

クラフトからアートへ、間口を広げて出現した“異空間”

麻倉は、麻の産業が衰退した後も、縫製工場や倉庫など、さまざまな形で使われてきたと言います。しばらく空き家になっていたこの場所を、文化と芸術の拠点として再利用しようと、有志が「麻倉プロジェクト」を立ち上げたのは2009(平成21)年のことでした。

まずは、この場所が立ち上がった経緯を教えてください。

泰輔さん
「この蔵を眠らせておくのはもったいない」と最初に動き始めたのは、大町の町おこしに力を入れていた地域の人たちでした。そこで、周辺で活動しているクラフト作家の作品を知ってもらおうと、クラフト作品の展示販売を始めました。陶芸、木工、染織など幅広い作品が並び、作家同士のつながりも生まれていきました。
僕が運営に携わるようになったのは、3年ほど経った頃です。代表を務めていた方からバトンを受け取るような形で、もう一人のメンバーと共に引き継ぎました。その時に、クラフトだけではなくてアートや美術というような要素を加えて、もっと間口を広げたいと考えたんです。

朱美さん
それまでも2階では、展示だけではなく音楽会などのイベントも開催していました。でもこの場所なら、もっと自由に、何か楽しくて新しいことができるんじゃないかって。そこで最初に企画したのが『森のクリスマス』です。「どうぶつたちをつくろう」というワークショップを開き、段ボールや木っ端で動物を作るなどして、皆の作品がコラボレーションするような空間ができました。それが、ここでインスタレーションが始まったきっかけになったと思います。私は、日常生活にいきなり異空間が出現するような場所に魅力を感じます。『森のクリスマス』では、それが本当に起きました。実際に参加した人からも「こういう参加できるアートは面白いね」という声を多くいただきました。

写真:麻倉 Arts&Crafts渡部泰輔さんと朱美さん

泰輔さん
『森のクリスマス』のワークショップ『どうぶつたちをつくろう!』のときは、トータルで140人くらいが参加してくれました。普段、ものづくりのワークショップというと、子ども向けのイメージが強いかもしれませんが、私たちはどちらかというと大人を意識していました。大人がものづくりに熱中して、天真爛漫に遊べる場所ってなかなかない。もちろん子どもや親子で参加しても楽しめるんですが、大人が満足できるようなものにしたいという考えがあります。これをきっかけに、麻倉=「何か作ることができる場所」と認識してもらえたように思います。

朱美さん
そこからは毎年、“参加できるアート”から、作品同士の出会いや展示している間に変化していく空間が生まれています。私自身も毎回、面白い発見がありますし、普段は1人で創作することが多い作家にとっても、麻倉での出会いや体感が、可動域を広げる“肥やし”になってほしいと思っています。

展示やワークショップは、どうやって企画しているんですか?

朱美さん
初回の『森のクリスマス』をきっかけに、美術部ができました。最初は4人で始めて、「何か作るんだったら一緒にやろうよ」という感じで、メンバーが少しずつ増えていきました。普段は「何を作る?」って話して、それぞれ思い思いの作品に取り組んだり、一緒に企画を考えたりしています。
企画を考えるときは、だいたい1人ではなく数人でアイデアを出し合います。そこからテーマを決めて、作家は各々、創作をしていきます。作品が出揃い、出来上がった空間は、音楽で例えるならジャズのセッションみたいです。偶然の出会いから、新たな世界が沸き上がってくる。…と言っても、現れる空間はその時々で違うので、全然面白くないって言われて落ち込むこともあります。

泰輔さん
作りたいものを無邪気に作るということと、それを作品として展示して他の人に見てもらうというのは、両立しない難しい面もあります。メンバーたちは時にそういうことも悩みながら、企画を形にしています。

  • 写真:麻倉 Arts&Crafts『森のクリスマス』段ボールなどすぐそばの身近にある素材で自由に作る(2013年)
  • 写真:麻倉 Arts&Crafts『6月の海』階段を上がるごとに水深が深くなるという設定で作った麻倉の深海(2014年)
  • 写真:麻倉 Arts&Crafts『ひみつの森』大町で開かれた「北アルプス国際芸術祭」の選抜作品(2021年)
  • 写真:麻倉 Arts&Crafts『白い部屋にいっぱいの絵を描こう』大人も子どもも自分より大きな絵を絵の具で思いっきり描いた(2025年)

今はメンバーは何人くらいいるんですか?

朱美さん
緩やかに増えたり減ったりして、現在は15人くらいかな。今はちょっとお休みしていますが、「大人の美術部」=「夜美(よるび)」といって、月末の金曜日の夜に集まって活動もしています。メンバーは随時募集中なので、気になる方は気軽に連絡をください(笑)

人は、手を動かすのが好きなのに、大人になると遠ざかってしまう

芸術大学卒の泰輔さんと、美術学校に通っていた朱美さん。もともとアートが好きでものづくりに携わっていた二人が出会ったのは都内の陶芸教室だったそうです。結婚後は、東京・文京区で喫茶店「キャンプ」を営んでいました。お店は朱美さん曰く、「お絵描き喫茶」だったそうです。

朱美さん
カウンターで1人、コーヒーを飲んでいるけど何だか暇そうだな…というお客さんには、はがき大の紙と36色のペンを渡して、「何か描いてみませんか?」って声をかけていました。最初は「絵なんて描けないよ」って言う人も、いったんペンを持って描き出すと、意外と止まらなくなるんです。

泰輔さん
僕は人が集まる宿をやりたいとずっと思っていました。なので、喫茶店はその準備というか、修行のような位置づけでした。4年くらい営業して、いよいよ宿を始めようと思って、検討する中で訪れたのが大町市でした。

朱美さん
北アルプス、そして木崎湖、中綱湖、青木湖という3つの湖が“秘密の湖”のように、静かで美しくて、本当にここが日本?!って感動しちゃって。それで、1987(昭和62)年に移住しました。
宿の名前は「カントリーインキャンプ」。宿泊者が滞在中に陶芸や木工の体験ができるようにしました。夏休みは家族連れの利用が多く、子どもたちは宿題の工作に取り組んでいて、その横で親のほうが熱中して、いろいろ作っていました。周りに材料はたくさんあるので、木や種や流木など、なんでも素材にして自由に作るのは、懐かしい感覚になるみたい。特別な感想があるわけでもなくて、ただ夢中になって手を動かして、気づいたら完成していて「ああ、面白かった」って。

写真:麻倉 Arts&Crafts

今の麻倉の原点は、お二人が喫茶店や宿でやってきたことなんですね。

泰輔さん
宿にはゲストブックが置いてあって、絵日記みたいな感じで描いてもらっています。喫茶店でのやり取りと一緒で、最初はやっぱり「絵なんて描けない」って皆、言うんです。でも、しばらく経ったら何か楽しく描いている。
人って、本当は手を動かすのが好きなんです。それなのに、大人になると他人の目や評価が気になって、やめてしまう。「上手く描けない」とか、「才能がない」なんて、思い込みなのにね。
自分は下手だと思い込んでる人が、素敵な絵を描くことが結構あります。周りが「すごい!」と言っても、本人はぜんぜん気づいてない。そんなふうに、自分自身を下手ときめつけてしまってる人が多いんですよね。

個々の完成を大事にした、無審査・自由出展の『アンデパンダン展』

麻倉を象徴する企画の一つが『アンデパンダン展』。フランス・パリから始まった自由と独立を意味する「Independents」を冠した公募展です。11回目を迎えた今年は、県内外の未就学児から80代までが自由な発想で手がけた絵画やオブジェなど、多彩な作品が並びました。

  • 写真:麻倉 Arts&Crafts『アンデパンダン展』(2025年)
  • 写真:麻倉 Arts&Craftsクロージングパーティーではお互いの作品を鑑賞して感想を語り合う

『アンデパンダン展』も、とても麻倉らしい企画だと思います。

泰輔さん
出展料を支払えば、誰でも出展できる自由出品の展覧会。審査も賞もないですが、来場者による投票はあります。投票の基準は「好き」「気になる」という感覚を大切にしてもらうので、結果として、いろいろな絵に票が散らばることになります。それもすごく素敵なことなんじゃないかって思います。

朱美さん
今年の出展は、最終的には123点でした。締め切り当日の段階で50作品くらいだったかな…。見ているうちに、自分も描きたくなる人が増えていって、「次回は私も出したい」という人がいるんです。そういう人には「今、出しましょう!」って声をかけて、最終日までに頑張って出してもらうこともあります。やっぱり、「作りたい」と思ったその瞬間の気持ち、その熱がある時こそが、作るタイミングじゃないですか。

泰輔さん
大人になると、表現する機会が減ってしまう。特に絵は、下手とかセンスがないとか言われた経験があると、遠ざかってしまう人が多いです。子どもの頃に、友達からバカにされたり、先生が評価してくれなかったりして、好きだったけどやらなくなったという話もよく聞きます。
美術の表現に上手い下手はなくて、他の人にはないもの、自分だけのもの、個性を表現できることこそが、大事なんですけどね。

写真:麻倉 Arts&Crafts

朱美さん
同じ表現でも、歌(音楽)はカラオケがあるので、老若男女問わず、気軽に楽しんでいますよね。でも、絵(美術)は、カラオケのような気軽さで、大人になってからも描いたり作ったりして楽しめる場所ってあまりない。なぜだか分からないけど絵の場合は、そういうふうには楽しめなくなってしまう人が多いです。

泰輔さん
だから、表現すること自体の楽しさを実感できる、実際に作り出すきっかけになるような場所を、皆で作っていきたいと思っています。

遊びの中にこそ、ひらめきが宿る

取材当日、2階では企画展『絵を纏(まと)う』(2025年10月3日~11月15日)が開催されていました。美術部メンバーをはじめ、12人の作家が名画をモチーフにしたオマージュ作品「纏うもの」を創作。見るだけではなく、着たり、付けたり、遊んだりと、絵に入り込めるユニークな作品を体験することができました。

  • 写真:麻倉 Arts&Crafts企画展『絵を纏う』
  • 写真:麻倉 Arts&Crafts
  • 写真:麻倉 Arts&Crafts
  • 写真:麻倉 Arts&Crafts
  • 写真:麻倉 Arts&Crafts
  • 写真:麻倉 Arts&Crafts

絵を「纏う」という発想がこれまでなかったので、面白い体験ができました。

朱美さん
『絵を纏う』は美術部のメンバー4人で企画運営しています。最初、10人くらいで話をして、「服」というアイデアが出ました。服は誰もが着ている身近なもの。それを題材にして麻倉らしくするなら、「絵」を混ぜたい…じゃあ、絵を着ちゃおう!となりました。今回制作した12人はそれぞれ「ひらめきは、遊びの中に宿る」という言葉そのもののような作品を作りました。皆、振り切って遊んでいるんです。その作る側の“ワクワク”が、見にくる人にもそのままスライドしていくような空間ができたのではないかと思います。

泰輔さん
段ボールに描いた着せ替え服や、顔はめ、金魚のえさやりができたりと、作家それぞれの個性あふれる面白い作品が集まりました。

朱美さん
最初は「何…?」っていう感じの人も、体験すると楽しくなっていく。「今までで一番面白い!」と言ってくれる方もいて、当初予定より、2週間ほど会期を延長しました。

  • 写真:麻倉 Arts&Crafts
  • 写真:麻倉 Arts&Crafts

人は誰でも、何かを表現する“アーティスト”

外出自粛を余儀なくされたコロナ禍はオンラインで「おうちでアンデパンダン展」を開催。1年延期となったものの、2021年には「北アルプス国際芸術祭」に麻倉美術部として作品「ひみつの森」を出品しました。
二人が本格的に麻倉と関わって12年が経ちます。「麻倉は皆の力で成り立っていて、私たちは“交通整理”をしているようなもの」と朱美さん。皆で一緒に試行錯誤しながら「誰もが持っている創造する楽しさ」を思い出せる場でありたいと、活動を支えてきました。

これまでを振り返って感じていることや、今後について考えていることはありますか?

朱美さん
始めた頃に来ていた子どもたちも、もうすっかり大人。大人になって、この場所が原風景の一つになっていたら良いですね。大町だったら、自然が一つの原風景になると思うけど、麻倉も「何だかよく分からないけど変なところがあったな」「大人が夢中になって何か作っていたな」という記憶と共に、心の奥底に刻まれていたら面白いなと思います。

泰輔さん
麻倉のパンフレットには「誰でもアーティスト」という言葉が書かれています。これがずっと変わらない、私たちの思いです。もちろん表現するものは、美術だけではありません。音楽やダンスなどの身体表現、スポーツ、文章や映像、料理…そう考えると皆、何かを表現するアーティスト。これからも気軽に自分の表現を試せるような場所でありたいです。

  • 写真:麻倉 Arts&Crafts
  • 写真:麻倉 Arts&Crafts

朱美さん
あとは、もっともっとたくさんの人に麻倉のことを知ってもらいたいです。私が情報発信するのがあまり上手くないのかもしれませんが、若い人の力も借りて、より多くの人に届けたい。現在、運営に関わるメンバーは少しずつ入れ替わりながらも、緩やかにつながり続けていますが、10代、20代の人が増えれば、また違う展開が生まれるように感じています。

泰輔さん
芸術は、才能や評価のためにあるものではないと思います。生きることそのものが表現であって、そこに寄り添うのがアート。「作ることって楽しい」ということを忘れないようにしたいし、そういう人をもっとたくさん増やしていきたいですね。

写真:麻倉 Arts&Crafts

夢中になって手を動かすことが、楽しさにつながる。「麻倉 Arts&Crafts」は、誰もが心の中に眠らせている「つくる喜び」を呼び覚ます場所なのかもしれません。上手い、下手を超えて、ただ純粋に表現することの楽しさを分かち合う。ここから、新たなアートの種が静かに芽吹いていきます。

取材・文:山口敦子(タナカラ)
撮影:滝澤テイジ

麻倉 Arts&Crafts

麻倉 Arts&Crafts
大町市大町4095-13

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