シンポジウム「これからの伝統文化継承と地域コミュニティ」開催レポート
長野県内各地に伝わる祭りや芸能は、山、谷、盆地といった地域のさまざまな個性を反映し、長い歴史を通して育まれてきた、自然や季節との付き合い、日々の暮らしの知恵や楽しみが詰まった貴重な文化資源です。しかし、その多くは高齢化・過疎化などによって、継承に課題を抱えています。
2026年1月25日、松本市立博物館でシンポジウム「これからの伝統文化継承と地域コミュニティ」が開催されました。各地での伝統文化継承と地域コミュニティの現状を共有しながら、これからどのような手立てをとっていくことができるのか、さまざまな立場の人が集い、意見交換を行った様子をレポートします。
新たな担い手を確保するために、魅力と価値を伝える
まずは、国学院大学兼任講師で飯田市美術博物館の元学芸員・櫻井弘人さんが「人口減少地域における民俗文化伝承の課題について」という題目で講演しました。「原因は、生活様式と価値観の変化、自然破壊、人口減少や少子高齢化などさまざま。特に民俗伝承は無形であるがゆえに、危機的な状況にある」と櫻井さん。南信州の事例を挙げ、現状と課題を説明しました。
国学院大学兼任講師で飯田市美術博物館の元学芸員・櫻井弘人さん県最南端の集落、天龍村神原の坂部集落では、国重要無形民俗文化財に指定されている天龍村の霜月神楽の一つ「坂部の冬祭り」をはじめ、春には「ブサ祭り」、夏には国選択無形民俗文化財の「掛け踊り」があります。1959(昭和34)年に68戸あった世帯数は、2023年には11戸まで減少。空き家は廃屋となり、人の手が入らなくなった田畑は耕作放棄地となり、集落の荒廃が進んでいます。
同様に、人口減少で担い手の確保が難しい状況となっている地域は県内に数多くあります。その中でも、飯田市上村の下栗集落、阿南町新野地区などでは、人口減少で担い手の確保が難しくなっているものの、子どもや女性、村民以外の参加を増やしたり、儀式を簡略化したりと、人々が知恵を出し合って、祭りを守り続けています。「南信州民俗芸能継承推進協議会」の創設や、「南信州民俗芸能パートナー企業制度」などにも触れ、「新たな担い手の確保のためには、魅力や楽しさ、価値を知ってもらう必要がある」と話しました。
継承のために何が必要か、時間をかけて話し合う
続いて事例紹介では、江戸時代から続いているという松本市両島の伝統行事「お八日念仏と足半(あしなか)」について、保存会の井口幸信会長が登壇しました。
両島八日念仏足半草履保存会の井口幸信会長「お八日念仏と足半」は、松本のコトヨウカ行事の一つで、国選択無形民俗文化財、松本市の重要無形民俗文化財に指定されています。手の中でわらをより合わせて縄にして、2つの足半草履(かかとのない短い草履)と数珠縄を作ります。足半草履は縦130センチ、横90センチもあるといい、重さは片足で約40キロ。その大きな草履を掛け軸の前に並べ、数珠の真ん中に座った音頭取りの鉦(しょう)に合わせて、数珠を回しながら念仏を唱えます。その後、足半草履を片足ずつ、両島地区の北と南の境に掲げます。「この村にはこんな大きな草履を履く巨人がいる」と示すことで、疫病神の侵入を防ぐとされてきました。
大きな草履を掛け軸の前に並べ、数珠を回して念仏を唱える
足半草履を片足ずつ、両島地区の境に掲げる
もともとは「コトヨウカ」の名の通り、2月8日に執り行っていましたが、平日では人が集まりづらく、2010(平成22)年からは祝日の2月11日に行っています。参加しているのは、町内在住の有志で組織する保存会の会員。現在は17戸で、井口さん曰く、「ギリギリの状況」。それでも10年前は12戸だったので、若干緩和されてきていると言います。
「伝統の本質は変えず、ただ、時代に合わせて変えていかなければ、伝えていくのは無理」と井口さん。会員の考えの統一を図るために、時間をかけて話し合い、OBの年配者や市の文化財課の意見も聞き、変えないことと変えることを決めてきました。保存会を退会・休会している戸に積極的に復帰依頼をしたり、両島地区在住の5・6年生に参加してもらったりと、携わる人を増やすために尽力。その一方で役割分担や作業の明文化などを進め、各々が負担に感じないような手はずを整えてきました。井口さんは「新たに会員は入れるが公募はしない、とみんなで決めた。ただそれで、会員がうまく増えていくだろうか」という悩みと、縄を作る作業で使っている脱穀機が壊れたので「モーター付きの脱穀機が欲しい」という要望で、発表を締めくくりました。
地域コミュニティの現状と課題、その在り方
グループディスカッションでは、当日参加した60人ほどが7つのグループに分かれて意見交換を行いました。今回のシンポジウムは事前申し込み制でしたが、当日ポスターを見かけて“飛び入り参加”したという人も。地域の伝統行事に携わり、同じような悩みを抱えている人をはじめ、大学で伝統文化について調査研究をしていたという人や、移住をして興味を持ったという人もいました。
20分ほどグループで話し合った後で、その内容を発表。「何とか続けている、という状態で存続という感じではない。この先、若い人にどうやって面白いと思ってもらえばいいだろうか」という切実な声や、「祭りはみんながやりたいと思って始まったはずなのに、やらされている人がいるのは問題がある」という祭りの価値について問う声もありました。地域の子どもたちや移住者との関わり方や、幅広い層が交流できる場の必要性、地域コミュニティの在り方などについても意見が上がりました。事例紹介で井口さんが呼びかけた脱穀機を例にあげ、「祭りの道具は基本その時だけ使うもの。使わない時には貸し借りできる仕組みがあれば」というアイデアも飛び出しました。
博物館から見える、文化継承の現在地
最後は、信州アーツカウンシルの野村政之さんが進行を務め、県内博物館の3人の学芸員が登壇して座談会が行われました。長野市立博物館の樋口明里さん、松本市立博物館の武井成実さん、飯田市美術博物館の近藤大知さん、そして櫻井さんにも加わっていただき、「これからの伝統文化継承と地域コミュニティ」をテーマに意見を交わしました。

樋口さん
私は民俗学を専門にしてきました。長野市立博物館に来てから、祭りや屋台などを調査する中で強く感じているのは、有形である「モノ」は残っていても、それを支えてきた人のつながりや仕組みが弱くなっているということです。特に長野市街地のような都市部では、空洞化により「モノ」だけが残され、無形である文脈は失われるリスクが極めて高い。そこに危機感があります。
武井さん
私は松本市立博物館で、民俗や民具を担当しています。学芸員になる前は死生観や葬送文化の研究をしていましたが、現場に立つようになってから、生活の中で使われてきた民具の意味をどう残すかが課題だと感じるようになりました。場所を取る、似たものが多いという理由で手放されがちですが、本当にそれでいいのかと、考えているところです。
近藤さん
私は飯田市博物館で民俗芸能を担当しています。櫻井さんと同じ遠山地区の出身で、霜月祭りの担い手でもあります。面(おもて)をつけて祭りに出ると、何百年も前の人たちと同じ場所に立っているように感じます。少子高齢化や人口減少といった問題があっても、そうやって続いてきたものを、自分たちの代だけで判断していいのかという葛藤があります。
野村さん
各地の動きや取り組みについても伺っていければと思います。長野市街地で行われる「御祭礼屋台巡行」は戦後に一時中断して、その後は7年に一度の善光寺の御開帳に合わせて開催されるようになり、2012年からは毎年行われるようになりましたよね。
樋口さん
かつては町ごとの当番制でしたが、今は実行委員会方式になっています。これによって、町外の人も柔軟に受け入れる体制となり、「毎年開催」が復活しました。伝統を硬直化させず、運営の仕組みを変えたことで、継承が図れたと思っています。
長野市立博物館の樋口明里さん野村さん
ここ数年は、コロナ禍の影響も大きかったと思います。現場ではどのような変化がありましたか。
近藤さん
祭りを中止したり、規模を縮小したりせざるを得ない状況が続きました。ただ、時間を短縮したり、関わり方を見直したりする中で、新しい形が見えてきたとも感じています。「やらなかった」ことで、逆に祭りの意味を見つめ直す機会にもなりました。
博物館の役割と、これからの可能性
野村さん
先ほどのディスカッションでもありましたが、事例紹介で井口さんが言っていた脱穀機のような、祭りに必要な道具を博物館で貸し出すみたいなことがあってもいいのかなと思いました。文化財そのものの継承、ではなくて周辺の重要な道具などを保管するという役割ですね。
武井さん
楽器や道具といった「有形」がなければ、芸能という「無形」は成立しません。実際に道具を使っている人からすればなおさら、それがなければ祭りができないわけですから、両方そろっていないと、継承はできない。とはいえ、博物館としてはいったん収蔵したものはきちんと保管する必要があるので、貸し出して壊れちゃったりすると困るのでそこは難しいですが…。
貸し出すとすれば、物ではなく技術、でしょうか。例えば、新興住宅街で「青山様」などの伝統行事をやりたい、という相談をいただくことがあります。そういったときの窓口機能は、役割の一つになっていくかもしれません。
松本市立博物館の武井成実さん櫻井さん
私が立ち上げから携わってきた「南信州民俗芸能継承推進協議会」は、企業や行政、住民、そして博物館が一緒になって取り組みを進めてきました。博物館が積極的に関わった一つの好例だと思っています。
ただ、設立から10年経ちますが、これだけやってきてもまだ十分に伝わってはいないと感じています。民俗芸能や祭りは文化なのですが、宗教と捉えてしまう向きもある。地域コミュニティを守るためには、民俗芸能や祭りは切り離せないものです。宗教ではなく文化として、その継承には行政も関わっていくべきだと考えています。
野村さん
行政、企業、住民と連携しながら伝統文化継承を進める中で、博物館としては今後どのような役割が求められると思いますか。
近藤さん
まずは、客観的に記録を残すこと。その上で、地域外の人に伝えていくことが、新たな担い手や関係人口の増加につながる可能性があると思います。この間、日本の伝統にちょっと興味があるという外国人の方が博物館にいらっしゃって、その際に祭りについて説明して参加を勧めたら、実際に足を運んでくれて、お手伝いまでしていったそうなんです。そういう些細なことからでも、まずは伝えることが、継承につながっていくように思っています。
飯田市美術博物館の近藤大知さん武井さん
過去の姿をきちんと残しておくことは、未来の選択肢を増やすことでもあります。博物館が相談できる場所であることも大切ですね。
樋口さん
ただ、情報を残すだけでは足りないとも感じています。文化が続かなくなる理由を掘り下げていくと、生活の問題に行き着く。そこまで含めて考えないと、本当の意味での継承にはならないと思います。
櫻井さん
民俗芸能を調査していく中で、私は何度も「こんなにも奥深く、力強いものなのか」と驚かされてきました。その一方で、その「本当のすごさ」を伝えたくても、なかなか関心の輪が広がらず、伝える場がないというジレンマがあります。例えば、報告書を作っても必ずしも読まれているとは言えないのが現実です。先人たちがどんな思いで伝えてきたのか、その強さや価値をどうすれば社会に浸透させていけるのか。だからこそ、博物館には、単に記録を残すだけでなく、その価値を伝え、次につなげていくための仕組みを生み出す役割が求められています。民俗芸能の持つ力が、より多くの人に届くような新しい方策を、これからも模索し、つくっていきたいです。
博物館、地域、行政、そして関わる一人ひとりが役割を持ちながら、文化を支えていく。関心のある皆さんと情報や思いを共有しながら、その空気をどう醸成していくかが、今後の大きなテーマになってきます。
長野県と信州アーツカウンシルでは、今年度も引き続き、祭り芸能の継承に関わる取り組みを継続し、今回のようなフォーラムも開催する予定です。興味のある方はお気軽にご参加ください。
構成・撮影:山口敦子(タナカラ)
大きな草履を掛け軸の前に並べ、数珠を回して念仏を唱える
足半草履を片足ずつ、両島地区の境に掲げる













